「マスターキートン」~人生の達人が紡ぐ大人の寓話~⑨ 『砂漠のカーリマン』

マンガ




今回は、マスターキートンの中で最も有名な物語の一つ「砂漠のカーリマン」を紹介する。
第1巻に収録されている本作は、マスターキートンの評価を不動にしたといっても過言ではない。

作中で随所に見られるキートンの人間力。
異文化を尊重し謙虚に接する人柄。
そして、軍隊で培ったサバイバル術を遺憾なく発揮し九死に一生を得る。
おそらく、キートンがいなければ、発掘隊のメンバーは生きて故郷の地を踏めなかったに違いない。

そんなキートンの魅力満載の、珠玉の名作をご賞味あれ。

ストーリー

タクラマカン砂漠における日英合同発掘の件で、ロイズ保険組合から鑑定人として派遣されたキートン。
熱砂に覆われた灼熱の地にもかかわらず、キートンはなぜかスーツにネクタイ姿で現れる。
他の発掘隊の面々とは異なり、キートンだけはウイグル族の人々に、信仰するイスラム教の作法にのっとり礼を尽くした。

発掘の過程で、調査隊はウイグル族の宗教遺跡の壁を掘り起こす。
ところが、その遺跡が障壁となり発掘調査が思うようにいかず、団長の高倉教授は独断で撤去にとりかかる。
あまりの不埒な行いに、その光景を見た長老はショック死した。

怒り心頭の長老の息子は、キートンたち一行をタクラマカン砂漠に置き去りにする。
父の死の償いを、砂漠の裁きに委ねようというのである。
なぜならば、タクラマカンとはウイグル語で“生きて戻れぬ砂漠”を意味するからだ。
死の大地“タクラマカン砂漠”が、キートンたちに牙を剥く…。


MASTERキートン完全版 デジタルVer.1 (本作品収録巻)

天罰覿面

キートンが言うように、決してよそ者がズカズカと踏み込んではいけない場所がある。
ウイグル族にとって、宗教遺跡の壁がまさにそれだった。
その遺跡は“伝説の英雄”サーディクゆかりの場所だったのである。

ところが、異文化に対する敬意の欠片もない調査団長・高倉は、止めようとするキートンを尻目に撤去作業を強行した。
他者に敬意を払えぬ者が、先人たちが築いた文明の調査をする資格があるとは思えない。
まさしく、冒涜とはこのことである。

急死した長老はとても温厚で、アッラーの教えを守る敬虔なイスラム教徒だった。
今回の発掘調査が実現したのも、この長老の理解があればこそである。

にもかかわらず、恩を仇で返す高倉のような人物こそ、老害というのだろう。
その結果、息子で族長を務めるアバスの怒りを買い、死の大地へ放置されるはめになったのだ。




砂漠のサバイバル術

この窮地に立って、なぜキートンがスーツでいるのか判明する。
灼熱の砂漠で直射日光に当たると、2時間ほどで体温が沸騰し生存できなくなる。
実は、スーツは通気性が良く、直射日光を避けることができるのだ。
だからこそ、サバイバル術のエキスパートであるキートンは、あえて場違いを承知でスーツを着て来たのである。

人間は水を飲まなくても、3日は生きられるという。
だが、砂漠では強烈な日差しと焼けた大地が水分を奪い去るため、とてもそこまで生きられない。

砂漠を脱出するためには、一番近い西域の南道まででも60キロある。
水も食料も無い中、これほどまでに過酷な環境で、とてもたどり着けるとは思えなかった。

だが、キートンの辞書に「ギブアップ」という言葉はない。
砂漠の特徴を知り尽くすキートンは、日中は動かない。
穴を掘って、そこに身を潜めていた。
しかも、穴の中に日が差し込まぬよう、東西方向に掘ったのである。

水分補給にも、一工夫するキートン。
石ころを口に入れ、しゃぶることにより唾液を絞り出す。
さらに、砂漠にわずかに生えている植物の根にある水分も吸い出した。

そして、極めつけは小便をろ過し、飲料水として活用するのだ!
地中に穴を掘り、その上を防水ポケットから切り取ったビニールで覆う。
準備が出来たら、穴の周りで用を足す。
すると、太陽熱で地中の水分が蒸発し水滴となる。
その水滴が、穴の中央をさらに掘ってセットしたビニール袋に落ちてくる。
小便が綺麗な水にろ過され、十分に飲料水として使用できるのだ。
即席で天然蒸留器をこしらえるキートンには畏れ入る。

キートンのサバイバル術は、これに留まらない。
ジャコウネズミの足跡を見つけると、身近にあるもので罠を作って捕獲する。
そして、砂漠に落ちている黒曜石で作った刃物で、ジャコウネズミを解体する。
木で火をおこし、食料として肉を焼くだけでなく、血液まで全て飲み干す。
血は水、塩分、タンパク質を含む完全栄養食なのである。
最後の仕上げに、ネズミの皮をなめし、靴と水を入れる袋まで作ってしまう。

見た目は平凡なサラリーマンのようなキートンに、驚きを隠せない調査隊員たち。
絶体絶命の状況にもかかわらず、あくまでも朗らかな微笑みを絶やさない姿に、隊員のひとりは呟いた。

「まったく…なんという男だ…キートン君、私は君を見ていると死ぬ気がしないよ(笑)」

こうして、とうとう一人も死なせることなく、キートンは「生きて戻れぬ砂漠」タクラマカンから脱出してみせた。

砂漠のカーリマン

なぜ、ウイグル族の族長・アバスは、このような方法で裁きを与えたのだろうか。
これには、ある伝説が関係している。

“伝説の英雄”サーディクは、近隣の仏教国と戦った。
その中で、女子どもだけは決して傷つけなかった。
ところが、あるとき、部下が誤って子どもを殺してしまう。
心を痛めたサーディクはアッラーの神の裁きを受けるため、腰布一枚で自らの意志により砂漠の中に身を置いた。
そして、4日後…生還する…。
“砂漠のカーリマン(英雄)”として!

アバスは処刑するために、一行をタクラマカン砂漠に置き去りにした。
あの灼熱地獄から、生還できるはずなど無いのだから…。

息絶えたことを確認するため、街道から3キロまでの地点を望遠鏡で覗くアバスたち。
ところが、なんと…動く人影が見えるではないか!
それは、アバスたちに向かって槍を構え、なおも戦う意志を示すキートンだった。

その姿に、アバスは心からの敬意を持って出迎えた。

「水を飲ませてやれ。あいつはカーリマンだ!」

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冒険野郎は実在した!

実際に「砂漠のカーリマン」のサバイバル術を検証した暇人…もといチャレンジャーが実在した。
まさしく彼こそ“Mr.水曜スペシャル”川口浩を彷彿とさせる、生まれながらの冒険野郎ではないか!

その男は、本当にスーツを着込んで砂漠に赴いた。
ちなみに、向かった先はタクラマカン砂漠ではなく、オマーン国のワヒバ砂漠だという。
実は、彼自身半信半疑だったようである。
それはそうだろう。
日本にいて、夏真っ盛りの中スーツを着てたら、暑くていられないのだから。

なお、スーツで砂漠に行くことを現地の人に話すと、危険だから止めるよう忠告された模様。

砂漠に着くと、寒暖計は50℃を指している。
50℃が上限なので、実際はもっとあるかもしれない。

12時間の滞在を目標に掲げる氏は、まず“命の源”水の確保を試みる。
早速、キートンが即席で作った「天然蒸留器」を模倣した。
外国での立ちションに不安を覚えたこともあり、汚れた雨水を持参して小便の代用にする。
この辺にも“リスクマネジメントの帝王”の片鱗が窺える。

待つ間、作中に出てきた他の方法で、喉を潤す暴挙に打って出た。
まず、ワヒバ砂漠名産の石ころを舐めてみる。
すると、出るわ出るわ!唾液の山が…!
この過酷な環境下で、いったい体のどこに豊かな水資源があったのだと、驚愕する冒険野郎。
返す刀で植物の根にも、かじりついてみる。
落としきれなかった砂が口いっぱいに広がっていき、えずきまくるのであった(涙)

そして、いよいよ「天然蒸留水」を試飲するときがやって来た。
見事に砂と分離した蒸留水は、氏の魂の純度を表すように透明になっている。

飲んでみると…。

まごうことなき水である!

その事実に、本日一番の驚きと感動に打ち震える“リトル川口浩”。

おっと、肝心のスーツについての検証報告を失念しかけていた。
氏の命懸けの挑戦を無為にする愚だけは、避けねばならない。

結論から言うと、氏は半日ほどスーツで過ごし、それが驚くほど快適だったのだ!
たしかに、砂漠の熱さは半端ではないが、日本と異なり湿気が無いので快適そのものだというのだから、「マスターキートン」恐るべしである。

半袖を試すべくTシャツになると、最初こそ涼しかったが、肌に焼き付ける直射日光に体力を奪われていく。
ちなみに、同じ長袖でもアウトドア用のジャケットは熱くて着ていられない。

やはり、砂漠ではスーツ一択なのである。
連日うだるような猛暑が続くが、思わずコナカに行ってスーツを買いそうになってしまう…。

当時、氏はスーツが嫌なあまり無職を貫いていた。
ところが、この砂漠での経験でスーツの魅力に覚醒し、スーツを着る仕事も悪くないと思うようになる。
無職の男性を社会復帰に誘う、ここでも見せる「マスターキートン」のポテンシャル。
ちなみに、私も現在無職だが、スーツを着て社会復帰したいとは全く思わないから不思議である。

それにしても、氏の行動力と情熱を見習いたいと感じた。
文章も読みやすいうえ、ところどころに漂うユーモアが絶妙だ。
砂漠を背景に、スーツを着た氏がキートンよろしく槍状の棒を構える姿は、“砂漠のカーリマン”に見えなくもない…。

人は聞く。
なぜ、山に登るのかと。
“ネイティブクライマー”ことジョージ・マロリーは答えた。
「そこに山があるからだ」

氏もきっと言うだろう。
「そこに砂漠があるからだ」と…。

改めて、日本から40時間以上かけて、検証に出かけた氏に敬意を表したい。

最後に、氏の掲載ブログのURLを貼らせていただく。
https://srdk.rakuten.jp/entry/2017/01/31/110000

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