不朽の名作「修羅の門」~魂穿つ格闘漫画の金字塔~

マンガ・アニメ




この作品は、今から30年以上前に連載された格闘漫画である。

千年の歴史を誇る不敗の古武術・陸奥圓明流。
鬼神が使う修羅の技を受け継ぐ者として、陸奥九十九(むつつくも)は世に現れた。
それは、陸奥圓明流こそ地上最強であることを証明し、自分の代でこの古の殺人術を終わらせるためである。

第四部までシリーズ化した当作品(厳密にいうと続編の第弐門もあるのだが…)。
中でも、私の一番のお気に入りは、第二部の全日本異種格闘技選手権である。
天才・海堂晃擁する神武館の四鬼竜を倒し、鬼道館の実力者達も屠った陸奥九十九は、日本格闘技界に波紋を投げかける。

そして、競技や団体の垣根を越え、実力日本一を決める全日本異種格闘技選手権が開催されるのであった。

作品の魅力

この漫画の魅力を体感するには、当然ながら実際に現物を見ていただくのが一番だ。
だが、あえて作中の描写を再現し、大会の素晴らしさを紹介してみよう(ピンとこない場合は悪しからず…)。

デートに遅刻する彼女を待つ間、暇潰しに青年は大画面に流れる陸奥九十九の試合を観ていた。
大幅に遅刻した彼女は、到着すると謝った。
そんな彼女に、彼はデートの中止を持ちかける。
決して怒っているわけではなく、この大会に引き込まれ足が地面にへばりつき、その場から一歩たりとも動けないのである。

また、当初は九十九を見くびり、いけ好かない態度を取る解説者。
だが、九十九の全身全霊を懸けて戦うスピリット、そしてライバル達への敬意を見るにつけ、感涙にむせび泣く。
そして、陸奥九十九へ惜しみない称賛を送る姿に我々は、この五十嵐という解説者もまた真に格闘技を愛する者だと知ることとなる。

これは、何もこの解説者に限らない。
陸奥九十九の戦いを観た読者のほとんどが、同じ感情を抱いたはずだ。
我々は所詮、群れをなす牙を抜かれた羊に過ぎない。
だからこそ、命懸けで斬り結ぶ狼達の戦いに心震わすのだろう。

全日本異種格闘技選手権

人生を賭して極めた技に意地と誇りを宿し、闘技場へと赴く戦士達。
そんな武士(もののふ)達と陸奥圓明流千年の歴史を担う陸奥九十九の、戦いの火ぶたが落とされる。

一回戦 竹海直人

日本ミドル級チャンピオン・竹海直人は、そのストイックさから“キックボクシング界の宮本武蔵”と呼ばれている。

九十九から再三再四にわたりグローブを外して戦うよう促されるも、陸奥圓明流「蛇破山」で肘と鎖骨を破壊されてなお、あくまでもキックボクサーとしてグローブを外さずに戦い続けた。
ラジャナムダンの奇跡を再現し生涯最高のハイキックを放つも、陸奥九十九のそれを上回る神速の蹴りに敗れる。

だが、マットに沈むことなく仁王立ちしたたままの失神KOだった。
そして、その表情はどこか満足気ですらあった。
その雄姿は、まさに“キック界の宮本武蔵”と呼ぶにふさわしい。

二回戦 羽山悟

一回戦、名刺代わりと言わんばかりに、九十九と同様ハイキックで勝ち上がったのが羽山悟である。

そんな彼は、シュートボクシングの創始者・ライガー剛が心血を注いで育てた最強のファイターだ。
まだ19歳ながら、師であるライガーを超えたといわれる逸材である

陸奥圓明流「裏蛇破山朔光」や「牙斬」などの技で、肉体を削られながらも前進を止めない羽山悟。
途中、陸奥九十九には及ばないことを悟りながらも…。
それはひとえにシュートボクシング、そして師・ライガー剛への深き想いのなせる業だった。

陸奥九十九をして、本物の獅子と言わしめるスピリットに魂を揺さぶられる。

準々決勝 飛田高明

日本プロレス界で最強と謳われる飛田高明。
195㎝120㎏の飛田は、陸奥九十九に比べて身長で25㎝、体重に至っては倍の体格差を誇っている。

試合が始まると案の定、その規格外のパワーとタフネスさで陸奥圓明流を凌駕する。
陸奥圓明流千年の歴史で数人しか立つことのできなかった「虎砲」を2発受けながら、スープレックスで切り返す。
また、蹴りを入れながらの飛びつき腕十字「飛燕十字蔓」も片腕でこらえ、そのままマットに叩きつけるではないか!
冷静沈着な片山右京をして「化け物か!」と舌を巻くほどの、人間離れした身体能力と頑健さである。

そんな飛田は、ただの肉体派レスラーではない。
打撃や投げ技も超一流のコンプリートファイターなのである。
中でも、サブミッション(関節技)に関しては当代きっての使い手であった。

ところが、その飛田に真っ向から寝技で挑む陸奥九十九。
陸奥圓明流に死角なし!である。
関節を極め切る寸前の数ミリの攻防を繰り広げる両雄。
その名勝負に会場は興奮のるつぼと化していく。

途中、九十九に絶体絶命の場面が二度訪れる。
一度目は、飛田の必殺技インぺリアルホールドにがっちりと極められたシーンだ。
だが、片羽締めを極める飛田の剛腕を、九十九は力でほどいてしまう。
あの飛田が、大人と子どもの体格差の陸奥九十九に腕力で負ける衝撃…。

そして、二度目は飛田の腕を折った刹那に飛んで来た、“徹心スペシャル”でマットに叩きつけられながら膝であばら骨を粉砕された場面である。
この技は、飛田の師匠フランク・クラウザーが龍造寺徹心との果し合いで敗れた技だった。
クラウザーは秘策として、その大技を飛田に授けていたのである。
まさに肉を切らせて骨を断つ、起死回生の逆転技だった。

しかし、千年の重みが陸奥圓明流継承者に敗北の二文字を許さない。
最後は陸奥圓明流奥義「龍破」が炸裂し、激闘に終止符が打たれる。

最初から最後まで、愚直なまでに正々堂々と全てをぶつけ合う陸奥九十九と飛田高明。
ふたりの格闘バカ一代に…熱いものが込み上げる。

準決勝 片山右京

周囲の温度を下げるような闘気を纏う美形の天才。
それが、鬼道館が誇る“戦慄の貴公子”片山右京である。

美しい顔に浮かべるアルカイックスマイルは肝胆寒からしめた。
そして、冷血・冷酷・冷徹の氷の精神は、“氷の貴公子”と呼ばれるのも頷ける。

その特徴は、まさに天才を具現化した見切りと技のキレにある。
特に、天才の見切りが可能たらしめる菩薩掌は、会場を戦慄と恐怖で支配した。
また、天賦の才ゆえ、一度見た技は通用しない。
陸奥圓明流の奥義をも破ってしまう姿は、真の天才の存在を知らしめた。

自身最強の個人技・菩薩掌を破られ、「虎砲」を受けて一度倒れるも、そこから復活し無我の境地に達した片山右京。
初めて知覚した恐怖の感情により、更なる飛躍を遂げたのだ。
それは天才を超越し、格闘家として神の領域に踏み込んだことを意味する。
あの“切れるような闘気”が完全に消え去り、片山右京は菩薩の笑みを浮かべている。
一方、陸奥九十九はあくまでも闘志を奮い立たせ修羅と化す。

風がうねり、静と動が交錯し、刻が流れ行く。
その永劫にも感じる戦いは、さながら悠久の時を感じさせる。
今ここに人類の夢、見果てぬ超人願望が結実した…。




所感

男達の熱い戦いに胸躍る「全日本異種格闘技選手権」。

飛田高明戦が精神と肉体が織り成す究極の戦いだとすれば、片山右京戦は精神と技の極致といえるだろう。
個人的には作中で最も心に残る試合が、この陸奥九十九vs片山右京戦であった。
いや、もしかすると、全格闘漫画の中で最も心に残る戦いかもしれない。

なおも私見を述べるなら、本大会は準決勝が格闘漫画史上No.1とも言えるほど秀逸に感じた。
準決勝のもう一試合、不破北斗と龍造寺徹心の戦いも手に汗握る名勝負であった。
ベールを脱いだ、もうひとつの圓明流。
そして、“闇に生き続けた”不破圓明流の継承者・不破北斗の底知れぬ実力と恐ろしさ…。

試合が始まるまでは、誰もが“生ける武神”龍造寺徹心が決勝で陸奥九十九と相まみえると思っていたに違いない。
ところが、それに待ったをかけるよう、圓明流の流れを汲む刺客に敗れてしまう波乱の展開。
まさに、良い意味で期待を裏切られた。
それにしても、龍造寺徹心と陸奥九十九の試合も観たかったと切に思うのは、私だけではないはずだ。

もちろん、決勝の圓明流同士の対戦も興味深く、得も言われぬ魅力で読者を引き付ける。
千年間不敗を誇る陸奥圓明流継承者としての責務、そして亡き兄への忘れ得ぬ思い。
そんな陸奥九十九の背負う、あまりにも重すぎる業を我々は知ることとなる。
見所満載の決勝戦ではあるが、片山右京との準決勝の余韻は純粋な格闘漫画としてそれを凌駕した。

よくテニス等のスポーツの試合では準決勝が最も面白いというが、まさしく言い得て妙だと痛感した。

まとめ

抽選会に現れた陸奥九十九はくじを引くことなく、あえて最も険しいドローに自らの名を記す。
それは、本物の格闘家全てと拳を交えるためだった。

厳しい勝負の連続に満身創痍となっていく陸奥圓明流伝承者。
それでも、歩みを止めない陸奥九十九。
ひとえに、拳を交えしライバル達の思いを受け継ぎ、新たな強敵と物語を紡ぐためである。

菩薩掌の影響によりパンチドランカーの症状が出始めながらも、棄権を促す周囲に陸奥九十九は不退転の覚悟で言い切った。

「オレの道着には血がついている。飛田高明の…羽山悟の…竹海直人の…そして、片山右京の血だ…。
オレとやるために飛田高明は新日本プロレスをクビになった…竹海直人はタイへの遠征をとりやめてオレとの戦いの場に立った…羽山悟はシュートボクシングの名誉のためにボロボロになりながら立ち続けた…そして、片山右京…。
オレはそんな男達と拳を交えて…なお決勝に残ってここにいる…そのオレが死ぬかもしれないからと…今さら逃げ出すわけにはいかない…」

そして、ライバルたちも真剣勝負の場に挑むのは、戦いの向こう側に存在する真理を追い求めるためである。

「格闘漫画の金字塔」修羅の門。
格闘技を愛する全ての人に見てほしいと切に願う。


修羅の門(1) (月刊少年マガジンコミックス)

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