『PLUTO』哀しくも儚いロボットたち① ~ノース2号の章~

マンガ




みなさんは、手塚治虫原作の『鉄腕アトム』に出てくる「地上最大のロボット」という物語をご存知だろうか。
プルートウという100万馬力のロボットが、世界に冠たる7体の高性能ロボットを次々に破壊していくストーリーとなっている。

その「地上最大のロボット」に深い感銘を受けた浦沢直樹が、オマージュの意味を込めてリメイクした作品が『PLUTO』である。
手塚作品が子ども向けなのに対し、『PLUTO』は大人を対象としたサスペンス風に仕上げられており、いかにも浦沢直樹といったテイストを感じさせる。

だが、あくまでも手塚治虫の世界観を踏襲し、ベースとなるのは「地上最大のロボット」である。
それは、「手塚先生の魂のようなものを損うことなく形にしたい。それだけを考え『PLUTO』を創りました」という浦沢直樹の言葉からも窺える。

『PLUTO』という作品を一言で表すならば、“美しくも儚く、哀しい物語”と呼べるだろう。

人間以上に葛藤を抱え、温かい心を持つ高性能ロボットたち。
中でも、ノース2号とエプシロンの物語は、我々に深い哀しみと余韻を残す。


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ノース2号の章

ストーリー

“盲目の天才音楽家”ポール・ダンカンのもとに派遣された執事。
それは第39次中央アジア紛争で、何万という敵のロボットを破壊した過去を持つノース2号だった。

新しい執事に対し、気難しいダンカンは一切心を開かず、けんもほろろの態度に終始した。
偏窟老人を絵に描いたようなポール・ダンカンが、誰にも心を開かないのには理由がある。
幼き日、最愛の母親に捨てられたのだ。
そのことが一生消えぬ刻印として、脳裏に刻み込まれてしまう。

ダンカンの母親は若くして未亡人となったが、とても美しい女性だった。
美貌を見初めた大富豪と恋仲になると、生まれつき重い病を患っていた息子を寄宿舎に追い払う。
それ以来、息子は一度も母親に会うことはなかった。

老境に入っても、ダンカンは毎晩その悪夢にうなされる。
だが、うなされながらも、寝言で歌を歌っていた。
それは、遠い記憶の中で母親が口ずさんでいた思い出の曲だった。

ある日、ノース2号はダンカンのピアノを無断で弾いていた。
それは、ダンカンが悪夢にうなされながら口ずさむ、あの曲だった。

すると、それに気づいたダンカンは怒声を響かせる。

「私のピアノに触るな!お前には戦場がお似合いだ!」

悲しげな様子のノース2号。

「だから、弾けるようになりたいのです。もう、戦場には行きたくないから…」

実は、ノース2号は戦争での体験がトラウマになっていた。
ロボットであるノース2号は、エネルギーをチャージしながら休息する。
ところが、夜ごと「ウ…ウウ…」とうなされながら苦悶の声を上げていた。
人工知能が戦場での忌まわしい記憶を、永遠にリピートするのである。
それは、決して醒めることのない悪夢だった。

ある晩、その様子をダンカンは目撃し、思わず呟いた。

「ロボットも夢を見るのか…」

執事の業務を黙々とこなしていたはずのノース2号が、突如姿をくらました。
しかし、それはダンカンのためだった。

行方をくらましていたノース2号は、ダンカンの故郷ボヘミアへと足を運んでいた。
ノース2号は戻るやいなや、心を込めてダンカンに語りかける。

「お母様は、あなたを捨てたのではありません。病気を治す手術代のために、あの大富豪に近づいたのです。そして、手術により視力を失ったあなたの傍らにやって来ました。しかし、あなたの憎しみを知り、手を差し伸べられなかった…」

さらに、心優しい執事は続けた。

「あなた方親子は故郷の大地に沈む夕陽を眺めながら、ふたりで手を繋いでこの曲を歌っていたはずです」

ノース2号の口から流れる、郷愁を誘うメロディ。

その曲こそ、夜ごとダンカンが夢の中で歌っていたものだった。
思い出の曲を口ずさむノース2号は、まるで温かい血が通う生身の人間のようである。

母親との懐かしい思い出が甦るポール・ダンカン。
いつしか、光を通さぬ目から涙があふれていた。

「あなたの夢は悪夢なんかじゃない。私の夢とは違う…」

「ノース2号…お前はもう、戦場なんかに行かなくていい。ピアノの練習をしよう」

哀しい過去を持つふたりが、人間とロボットの垣根を越え、心が通じ合った瞬間だった。

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所感

この物語の最大のテーマとは何だろう。
それは言わずと知れた、“盲目の天才音楽家”ポール・ダンカンと“戦闘ロボット”ノース2号の魂の邂逅である。

まだ年端もいかぬ頃、母親に捨てられた辛い過去に苦悩し、その目と同様に心にも光通さぬ人生を送ってきたポール・ダンカン。
“盲目の天才音楽家”と囃し立てられたところで、虚しさを払拭できなかったに違いない。

そんなダンカンのもとに、ノース2号は執事として現れた。
毎日のように罵声を浴びせるダンカンと、少しずつ距離を縮めていく。
それは、互いに心に深い傷を持つ者だからこそ、苦しみを分かり合えたのだろう。

決して醒めることのない悪夢に苛まれながら、永久凍土のように凝り固まった主の心を解きほぐす、ノース2号の真心には生身の人間も遠く及ばない。

この物語には、もうひとり重要人物が登場する。
それはダンカンの母親である。

私は、彼女の行動で一つだけ残念なことがあった。
手術を受けた我が子の傍に寄り添いながら、自らへの憎しみを知り、そのまま何も言わずに去ってしまったことである。
もちろん、母親の気持ちも分からないではない。
だが、ダンカンの本当の想い、そして息子の未来への影響を考えれば、たとえ罵詈雑言を浴びてでも留まるべきだった。
おそらく、ダンカンは自らの余命が長くなかったとしても、最期まで母親と一緒に過ごしたかったはずである。
だからこそ、母に捨てられたという思いが、生涯彼を苦しめた。

最愛の息子から押し寄せる憤怒・憎しみの感情は、母親にとって何よりも耐え難いことだろう。
しかし、真実を語ることなくして、決して我が子の魂を救うことなど出来はしない。
ダンカンの頑なな心は、初めは母の言葉を受け入れないだろう。
だが、自らの行動の真意を真摯に語り、息子への変わらぬ愛情を示し続ければ、きっとダンカンは分かってくれたのではないか。
そうであれば、ダンカンの人生は大きく変わっていたはずだ。
勇気をもって我が子のために、最善の行動を取れなかったことが悔やまれる。

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だが、ダンカンの呪縛を解いたのもまた母だった。
まだ光を宿す頃、目に焼き付いた美しい故郷の景色を心象風景に落とし込み、片時も忘れなかったポール・ダンカン。
そして、その景色が、幸福な時間を過ごした母との思い出の原風景であった。
母の優しさ、ぬくもりがあればこそ、ダンカンを悪夢から目覚めさせたのである。

こうして、ポール・ダンカンとノース2号はかけがえのない友となる。
母の深い愛、そして、その想いを真摯に伝えてくれたノース2号と魂の邂逅を果たし、ダンカンは幸せだった幼少時代にも比肩する心の安寧を得たに違いない。

しかし、ふたりの幸福な時間は長く続かない。
すぐそこに、プルートウの脅威が迫っていたのである。

ノース2号は、プルートウの待つ大空へと飛び立つ。
激しい戦闘が繰り広げられる中、天高く一瞬の閃光が走った。

そして、大空いっぱいに広がるノース2号の歌声。
その曲とはダンカンと母親、そしてノース2号とを結ぶ、あのメロディである。

ダンカンとの出会い。
そして、ともに過ごしたかけがえのない時間。
大空に響くノース2号の歌声は、その全てに感謝するかのようである。

空高く走った閃光に気付かぬダンカンは、優しく友に呼びかけた。
「そんな所で歌ってないで、早く帰っておいで。ノース2号、ピアノの練習の時間だよ」

だが、ノース2号は二度と戻ることはなかった…。

とても悲しい結末である。
だが、深い余韻もまた残る。

天高く走る閃光の中、肉体は破壊されながらも、ノース2号の歌声は鳴りやまない。
そして、まるでダンカンの呼びかけに答えるように、思い出のメロディを奏で続ける。

私は思う。
哀しい宿命を背負ったノース2号は、人生の最期に最も幸せな時を過ごせたのである。
そして、生涯の友の声を聴きながら、天に還っていったのだ。
ノース2号の胸中は悲しみよりも、喜びと感謝の気持ちの方が大きかったのではないか。

ノース2号がプルートウとの戦闘のため大空に向かったのは、ダンカンを守るためである。
プルートウの襲来を待っていては、ダンカンが戦いに巻き込まれ危険にさらされる。
心優しいノース2号のことである。
たとえ死の忘却が訪れるとも、ダンカンを守ることができたならば、悔いはなかったように思う。

運命に翻弄されたポール・ダンカンとノース2号。
めぐり逢い、ふたりで過ごした穏やかな日々こそが、彼らの生まれてきた意味なのかもしれない。

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