「マスターキートン」~人生の達人が紡ぐ大人の寓話~③『塔の男』

マンガ




「人生の達人の物語」マスターキートンのレビュー第3弾。
今回は『塔の男』を紹介する。

社会の厳しい荒波に揉まれてきた男たちにも、いつの間にか家庭や仕事など守るべきものが存在することに、ふと気付く。
とりわけ、自分の人生をかけて起業した者にとって、会社は自分の分身ともいうべきものであり、生き甲斐そのものであろう。

その大切なものを失ったとき、人がよすがにするものとは一体何なのだろう。

ストーリー

ある日、考古学の職を求めて日本に帰国中のキートンは、飼い犬・太助の散歩に出かける。
リバーサイドに建設中の超高層タワービルに目が留まり眺めていると、偶然懐かしい友と再会する。
オックスフォード大学時代の学友・御木だった。
実は、そのタワービルを手掛けているのは、御木が創業した建設会社なのである。

再会を祝し、その晩ふたりは一献を傾ける。
十数年ぶりの再会だが、学生時代と変わらぬ御木のバイタリティに圧倒されるキートン。
タワービルに込めた志を果たさんと、御木は何としても完成させてみせると意気込む。
「あれは俺のバベルの塔だ」と。

しかし、ときはバブル経済の崩壊後。
彼の会社も例外ではなく、資金繰りに苦しみ倒産の憂き目にあってしまう。
絶望のあまり行方をくらました御木のもとに、キートンは現れた。


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人生の蹉跌

鉄の意志と実行力を兼ね備え、強引だが真っ直ぐな剛毅を絵に描いたような男。
一言でいえば、これが御木の人物像であろうか。

独力で会社を興し、わずか10年でタワービル建設を施工するほどの敏腕経営者。
きっと、これまでの人生で、御木は挫折を知らずに生きてきたのではないか。
だからこそ、全くぶれることのない自信と信念が、溢れんばかりにみなぎっているのだろう。

だが、そんな御木に襲った不況の煽り。
さすがのタフガイも、心が折れ崖っぷちに追い込まれる。
いや、敗北を知らぬ順風満帆な人生を送ってきた者ほど、脆いのかもしれない。

この御木の境遇はコロナ禍に見舞われ、経営に苦しむ起業家は身につまされるのではないか。
そして、先の見えぬ閉塞感漂う時代に生きる中高年サラリーマンも、きっと他人事には思えないだろう。
なぜならば、いつリストラや倒産に遭うかもしれないからだ。

かくいう私も本作を読み進めるうちに、御木の気持ちが痛いほど分かるような気がした。

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キートンのさりげない優しさ

家族にも部下にも告げず行方をくらました御木はひとり、建設途中になったままのタワービルの屋上に立っていた。

そこに現れるキートン。
御木の部下から事情を聞いたキートンは、彼の居場所に気が付いたのだ。
さすがの洞察力である。

目の前に立つキートンに、無精ひげを生えした御木はいつもの調子で話しかける。
「どうしたキートン、そんな情けない顔をして。俺がここから飛び降りるとでも思っているのか?」
「い…いや…」
暗い表情で答えるキートンに、自嘲気味に御木は続ける。
「聖書の教え通りだ。やはりバベルの塔は完成しない運命なんだ。バベルの塔ならぬバブルの塔か…ククク、出来の悪いシャレだな…」

「ククク……どうすれば…いいんだ…」
沈痛な表情で下を向く御木の姿は痛ましい。

「残念だけど、僕にはそれに答えることはできない…でも、せっかくここまで来たんだ。もう少し、ここからの眺めを楽しむのも悪くないんじゃないか」
キートンの言葉に顔を上げる御木の眼前には、見渡す限りの街並みと富士山の眺望が広がっていた。

私は、こういうキートンのさりげない優しがとても好きだ。
今の御木に何を言ったところで甘い慰めにしかならず、彼の痛みを和らげることなどできはしない。
ただ、傍に寄り添ってやることしか出来ないのだ。

そして、目の前に広がる風景を眺めるよう、穏やかに語りかける。
人は絶望に喘ぐ時、とかく視線が下に向きがちだ。
それは、あたかも己の心のあり様を映しているかのようである。
だからこそ、苦しくとも顔を上げ、目の前に広がる大空や風景を眺めることが大切となる。
ましてや、地上50階のビルからの眺望をお膳立てしたのは、他ならぬ御木自身である。
そこからの眺めは、他の誰よりも心に沁みるに違いない。

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御木を救ったもの

御木と一緒に街を見下ろすキートンの目に、年配者たちがラグビーボールを追いかける姿が飛び込んで来た。
キートンはその光景を見て閃めき、御木を散歩に誘い出す。
目的はもちろん、彼らのラグビーの試合を間近で見に行くことだった。

劣勢を強いられながらも試合を諦めない姿勢に、キートンたちは遠い記憶を思い出す。
それは学生時代、寮対抗によるラグビーの試合でのことだった。
ふたりは見事な連携の末、残り30秒で逆転勝利を収めたのである。

試合終了間際、目の前で奮闘していた年配者の一人が、負傷退場してしまう。
さすがに、寄る年波には勝てないのだろうか。
すると、キートンはチームの輪に近づいていき、御木と選手交代するよう交渉をまとめてしまったではないか。
当然ながら、面食らう御木。
「何をバカなことを…俺はあれ以来、ラグビーなんて…」
しかし、断る間もなく、キートンとおじいさんたちに強引に連れ出されてしまった。

「若いの、そう固くなるな。別に期待していないからな」
気さくに話しかけてきたおじいさんは続けた。
「だがな、俺たちは必ず逆転する!!絶対にな!!」

その言葉に、御木はハッとする。
あの寮対抗の試合で円陣を組むチームメイトに、御木自身が残り30秒でかけた言葉だったのだ!

御木は、パスを繋ぎ敵陣を切り裂くおじいさんたちの後を追いかける。
そして、あの試合と同様、最後のワンプレーという場面でパスが来た。
「若いの!!最後のチャンスだ!思いっきりいけ!!」

御木の脳裏に、あの日の光景がデジャヴのように甦る。
あの日、御木は土壇場でドロップゴールを決め、チームを勝利に導いたのだ。

「負けて、たまるかー!!」

御木は若かりし日の情熱そのままに、大きくボールを蹴り出した。
ゴールに吸い込まれるような軌道を描き、誰しもが「いったー!!」と歓喜の叫びを上げている。
だが無情にも、僅かにゴールの横をすり抜けていった…。

「昔のようには…いかないか…」
肩を落とす御木…。

ところが、「ナイスキック!!」と明るい声で、チームメイトが駆け寄って来るではないか!
そして、口々に御木の健闘を讃え合う。

「バーこそ外したが、いいキックだった!!」
「なに暗い顔してんだ。負けたからってクヨクヨするな!負けの数が多いほど勝った時の喜びは大きいんだ!!」
「な、若いの!」
「いい試合だった!!」
「また、やろうぜ!!」

御木の肩を叩くチームメイトたちの顔には、心から人生を謳歌している素晴らしい笑顔が湛えられていた。

遠い記憶の片隅に追いやられ、忘れてしまった大切な思い出。
そのことを思い出し、若かりし日の情熱が甦り、絶望の淵で諦めていた心に明日への生きる希望を取り戻す。
本作は、そんな物語といえる。

御木を救ったもの。
それはキートンという得難い友と、年輪を重ねても一生青春を謳歌するラガーマンたちだった。

ラグビーを楽しむだけでなく、とことん勝利にもこだわる。
だが、結果よりも、プレーの内容やプロセスを正当に評価する。
そんな、おじいさんたちの姿は、素晴らしいの一言に尽きるだろう。
彼らを見ていると、同じ志を持つ仲間の大切さが身に沁みる。

逆転のドロップゴールを狙い、ボールを蹴り出す場面の「負けて、たまるかー!!」という御木の言葉。
それは、己が人生の境遇と重ね合わせたのだろう。
だが、無情にも決まらなかった…。
にもかかわらず、落胆する自分を讃えるチームメイトたち。

その瞬間、御木は悟ったのではないか。
人生に敗北は付き物である。
大切なのは、人生という試合にいかに情熱をもって臨むかであり、たとえ結果が出なくとも何度も立ち上がり、チャレンジし続けることだと。

「負けの数が多いほど勝った時の喜びは大きいんだ!!」

おじいさんたちのこの箴言は、何と説得力があるのだろう。
いつの世も、実践者の言葉は人の心に響くのである。

ラストシーン、御木にあたたかい眼差しを向け、笑顔で頷くキートン。
キートンの真意を知り、涙を浮かべながらも微笑み返す御木。
私ならずとも、もう御木は大丈夫だ!と確信したに違いない。

人生の蹉跌はほろ苦い。
年を取ればとるほど、苦みは増していく。
だが、敗北の蹉跌の前に諦めず、勝利の日まで挑戦し続ければ、それ即ち勝者なのである。

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