踊る大捜査線 「わくさん」こと和久平八郎の名言・名場面

ドラマ




踊る大捜査線は1997年、フジテレビ系列で放送された刑事ドラマである。
織田裕二が主役の青島俊作を好演し、好評を博した。

本作には主人公だけでなく、青島の同僚で深津絵里演じる恩田すみれ、柳葉敏郎の室井管理官など、印象に残るキャラクターが数多く登場する。

だが、私が最も心惹かれるのが、“わくさん”こと和久平八郎その人である。
名言を中心に、今は亡き“わくさん”の人となりを偲ぶ。

和久平八郎とは

ドラマ登場時、和久は残り数か月で定年退職が決まっていた。
そんな中、湾岸警察署に青島俊作が赴任する。
青島は「正しいことをするため」、そして「自分自身の信念を貫くため」に損得抜きで行動する。
熱い刑事魂を持つ青島を、百戦錬磨の和久も認めていく。
そして、少しずつ刑事の心得を伝えていった。

和久は万年ヒラ刑事の道を歩むが、その見識と心の機微が分かる人柄で、多くの職員から慕われる。
私の理想として彼を挙げるのは、役職者に対しても媚びへつらうことなく、堂々とした態度で接することである。
そうした態度が許されるのは、わくさんの人徳と年長者としての貫禄があるからだ。

そんな和久平八郎が、青島とのやり取りで呟く珠玉の名言。
台詞の最後に付ける「なんてな…」というフレーズが、少しとぼけた独特な味わいを醸し出す。
まさに、名優・いかりや長介にしか出せない空気感。

こんなところも、わくさんが多くのファンに愛される理由だろう。




わくさんの名言

わくさんは多くの名言を残している。

「正しいことをしたければ偉くなれ」
「正義なんて言葉は口に出すな。死ぬまでな…心に秘めておけ」
「刑事は犯人に恨まれるんだ。だからって犯人を恨むな!刑事は犯人を恨んじゃいけないんだ。この仕事は憎しみ合いじゃない!助け合いなんだ」

などなど…枚挙に暇がない。
中でも、私の心に響くのは後輩思いの、優しい心根が滲み出るシーンである。

1. 刑事としての矜持と思いやり

ある日、署長からのプレゼントでわくさん宛てに、高級チェアが届いた。
常日頃から、腰痛に悩まされていた和久は喜びを隠せない。
ちょうど署長は留守であり、箱を開封し椅子に腰かけた。

ところが、その座面の下に爆弾が仕掛けられていたのである。
過去の取り調べがきっかけで、恨みを抱いた山部という男の仕業だった。
山部は警官殺しで捕まるが、その動機も乱暴な取り調べに起因する。

和久は、本庁に勾留中の山部と電話で話す。
謝罪すれば、爆弾の解除方法を教えるというのである。
わくさんは受話器に向かってこう言った。

「この変態野郎!てめぇなんかに誰が謝るか!死んじまえっ!!」

青島は血相を変えて抗議する。

「わくさん!」

「警官殺しは許せねぇんだよ!俺の同僚の刑事も殺されているんだ…まだ、犯人は挙がってねぇんだいっ…!」

警官の非業な死を見つめ続けた和久平八郎。
そんな彼にはたとえ命を懸けても、どうしても譲れない想いがあったのだ。
わくさんは、警官殺しの犯人を定年の最後の日まで追っていた。
後に我々は、わくさんの同僚への生涯拭えぬ悔恨を知ることになる。

その直後、すみれは予約したお店に30分遅れる旨、電話する。
命懸けの修羅場でのあまりにも場違いな行動に、和久は激怒する。

「そんなもんキャンセルしろ!!」

「言ったでしょ!どうしても今日行くの…」

間髪入れず言い返す、すみれに和久は詫びた。

「今日は火曜日か…相談受けたのに忙しくて、何の力にもなってやれなかった。火曜日には独りになりたくないんだよな。辛いのに…怒鳴って悪かった」

私は、わくさんの優しさに胸がいっぱいになる。
すみれは3年前、ストーカーで付きまとわれた男を逮捕する。
だが、出所した男は毎週火曜日になると、すみれをじっと監視した。
異様な行動に怯えるすみれだが、手を出さず見つめているだけなので、対応のしようがない。

あの場面なら、わくさんならずとも怒るだろう。
いつ爆弾で吹っ飛ぶか分からない、シリアスな状況だ。
しかし、わくさんは命の危機に瀕しながら、すみれの心に寄り添い謝罪したのである。
誰よりも人の痛みを知る、和久平八郎らしい優しさが垣間見えた。


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2. すみれが銃弾に倒れたとき

子どもをかばい、すみれは銃撃された。
そのことに対して全く気にも止めない沖田本部長を、わくさんは烈火の如く怒鳴りつける。

「もうお前の命令なんて聞けるか!俺たち下っ端はなぁ…あんたが大理石の階段を登っている間、地べたを這いずり回ってんだっ!文句も言わず命令どおりになぁ!」

「下がりなさい!」と命令する本部長に、わくさんは懇願する。

「これ以上、若いもんを…傷つけないでくれ…」

すみれへの想いが、沈痛な表情に現れた。

そして手術室の前で、瀕死のすみれの無事を祈り続けた。
寒々しい廊下で独り、むせび泣く老刑事。
これまで何人もの同僚の死を見つめてきた。
わくさんの心中は察するに余りある。

犯人を検挙した青島が、和久のもとに駆け付ける。
心配する青島を、わくさんは励ました。

「安心しろ!生きたいと思う奴は死なねぇよ。お前もそうだっただろ」

さっきまで嗚咽を上げていたというのに、後輩を安心させているではないか。
どこまでも頼りになる先輩だ。

こうした和久平八郎の包容力と温もりの源泉は、いったい何なのだろうか。
それは、未来ある若者を想う心に他ならない。

それがよく分かるのが、吉田副総監と旧交を温めるシーンである。
わくさんと吉田副総監は若き頃から、変わらぬ信頼関係で結ばれていた。
久々の再会に、ふたりは肩を並べ話し込む。
とても、所轄の平刑事と警視庁のNo.2とは思えない。

わくさんは副総監に話しかける。

「室井さんに目をかけて、戻してくれたそうじゃないか」

吉田副総監は言った。

「私は君との約束を果たせなかったからなぁ…本庁の官僚主義を変えることは出来なかったよ。一度作られてしまった根は深くてね…」

「まだまだ期待してるぜ、吉田さん」

「暮れに…退官することになった…」

友の横顔を見つめ、わくさんは無念の思いが込み上げた。

「そうかい…俺たちの想いは実現せずか…」

「すまない…」

頭を下げる副総監に、和久平八郎は寂し気に呟いた。

「俺もそろそろ潮時かね…若い者に何ひとつ、してやれなかったなぁ…」

夕日さす休憩室で交わされる、老兵ふたりの言葉。
実は、室井管理官が陰から聞いていた。
きっと青島俊作と共に、先輩の志を継承していくに違いない。




3. 定年退職の日

前述したように、わくさんには決して忘れることのできぬ苦い記憶がある。
八王子署時代の6年前、まだ駆け出しの若い刑事を喪った。
共に捜査に当たった後輩は、青島と同じ年齢だったという。
和久は犯人を捕まえるまでは退職できないと、今でも事件を追い続けていた。

そんな中、捜査線上にフィリピンから帰国した安西という男が浮上した。
ところが、安西に湾岸署の真下が銃撃されてしまう。
またしても、若い警察官に襲う悲劇…。
わくさんの苦悶が伝わるようである。

そして定年を迎えた最後の日、青島と室井の息の合った連携により、ついに安西を逮捕した。
湾岸署に連行し、和久に取り調べを依頼する。

最後の取り調べに向かう和久。
6年前の警察官殺しを否認する安西に、わくさんは語り出す。

「お前がやったんだろ?この刑事は、青島ってのと同じ年だった。お前を捕まえたあの刑事だよ。青島ってのは面白い奴でなぁ…正義が何だかっていうのが、よく分かってねぇんだよ。チャラチャラしてやがるし、勘違いはするし、勇み足の王者だよ。けどなぁ…(胸を指し)ここに信念持ってやがる。若いのに珍しいだろ?あいつと付き合って最近分かったんだけど、青島っていうのは、どうもなぁ…自分だけの法律っていうのがあるらしいんだ。心の法律みたいな…上の者が作った法律は破るんだけど、自分の心にある法律は絶対に破れねぇらしんだ…そういう奴なんだよ…あいつは」

青島を呼ぶと、表情を一変させる和久平八郎。

「安西さんよ…俺は今日で定年だ。あんたを取り調べる時間は無くなった。明日から、この青島が取り調べる。やっと…これで退職できる。もう~思い残すことはねぇぞ」

そして、確信を込めて言い切った。

「俺が辞めても、こいつがいる限り警察は死なねぇぞ!」

席を立ち、噛みしめるように青島の肩に手を置くと、わくさんは部屋を出る。

最後に見送る仲間たちへ、和久平八郎は晴れやかな表情でこう言った。

「じゃあ!あとは頼んだよ」

去り行く、わくさんの足音だけが響いていた…。

“わくさん”よ…永遠に

映画「レインボーブリッジを封鎖せよ!」のワンシーン。
銃撃された恩田すみれを心配し、室井管理官がやって来た。
青島が命に別状はないことを伝えると、警察の未来を担うふたりは語り合う。
その姿に、わくさんはこう言った。

「青島、室井さんよ。俺と吉田副総監の想い…託したぞ!」

そして青島を見ながら、室井管理官に言葉を継ぐ。

「こいつは…ちっとも言うことを聞かないし、何をやっても的外れだ。でも…何があっても、あんたを信じる」

今度は室井管理官を横目に捉え、万感の思いで青島に語りかける。

「この人は人生を泳ぐのが下手だ。ズルもできないし嘘もつけない。ただ、上に立ったらやる男だ。頼むぞ、警察を!……なんてな…」

いかりや長介のはまり役、わくさんらしいエールを送る。
お馴染みの「なんてな」と締めた後、照れ笑いを浮かべる和久平八郎。
そして、老兵は静かに去って行った…。

老兵は死なず、ただ消え去るのみ。
こんな言葉を思わせる、“わくさん”こと“和久平八郎”の最後であった。

その背中をじっと見つめる青島俊作と室井管理官。
今たしかに…バトンを受け取った。


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