「マスターキートン」~人生の達人が紡ぐ大人の寓話~⑧ 『学者になる日/夢を継ぐ者』

マンガ




キートンにとって一生忘れることのできない恩師。
それは、オックスフォード大学時代に師事したユーリー・スコット教授である。

普段はロイズ保険会社のオプ(保険調査員)として多忙なキートンだが、スコット教授の提唱した「ドナウ=ヨーロッパ文明起源説」を継承し、いつか学者になる日を志している。

亡き恩師との思い出、そして決して譲ることのできぬ信念。
今回は、そんなキートンの物語を紹介する。

ストーリー

キートンは長年の念願叶い、東都大学の考古学講師の職が決まる。
ユーリー・スコットとは別のアプローチを試みた「西欧文明ドナウ起源論」が認められたのだ。

ところが、そこは学者としての研究や実力よりも有力な教授に媚びを売り、カラオケやゴルフの接待が優先される場所だった。
日本の大学の実情に複雑な気持ちを抱えるキートン。
だが、学者として身を立てるには大学の研究室に入らなければ何もできない。
なぜならば、現地での発掘調査のためには金とスタッフ、肩書が必要となるからだ。

ある日、研究室の教授から提案を受ける。
キートンが心血を注いで書き上げた論文を、その教授名義で発表するよう打診してきたのだ。

将来の研究や発掘のために盗用を黙認するべきか。
悩むキートンに一通の手紙が届く。
それは、恩師ユーリー・スコットの訃報だった…。


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恩師ユーリー・スコット

“鉄の睾丸”と呼ばれ、ナチスによるロンドン大空襲の際にも講義を止めなかったユーリー・スコット教授。
異端ともいえる学説を唱えたために学会を追放され、それでも独力で研究を続け、最期は発掘現場で亡くなったという。
まさしく、学者としての信念を貫いた人生だった。

そんなスコット教授は誰よりも戦争を憎んだ。
だからこそ、口を酸っぱくしてこう言った。

「なぜ人間は憎み合い、殺し合うのでしょうか。それは、人間そのものの中にある性によるものです。戦争を避けるために、私達は人間をよく知らなければならない。考古学によって過去の人間を知る必要があるのです」

また、発掘中に作業員同士でトラブルが起こったことがあった。
とても周りの者が止められないほどの大喧嘩である。
すると、スコット教授は全く慌てることなく火を焚き始める。

そして、笑みを浮かべながら言うではないか。

「今日はイギリスでは聖ブラウニーの祝日、仕事はなしだ!諸君!肉が焼けたぞ!ビールもある!!」

ありもしない祝日をでっち上げて場を和ませると、諍いは収まり、飲めや食えやの宴が始まった。

豪胆さと不思議な魅力を兼ね備えた人物。
それが、ユーリー・スコットだった。

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夢を継ぐ者

キートンは恩師の訃報を知り、覚悟を決める。
自らの論文を奪い返し、教授からの申し出を断ったのだ。

だが、その教授は考古学会では実力者として名が通っており、その決断は日本の大学との決別を意味した。
それでもなお、キートンを後押ししたもの。
それは、ユーリー・スコットの言葉だった。

「人間はどんな所でも学ぶことができる。知りたいという心さえあれば」

キートンはユーリー・スコットが眠るウィーンに飛び立った。
墓前でこれまでの報告をし、自らの不明を詫びるキートン。
そして、ウィーンの街でスコット教授と懇意にしていた人々と思い出を懐かしむ。

そんな折、ひょんなことからネオナチ崩れと揉めてしまう。
普段は温厚なキートンだが、あまりの理不尽さに殴り合いになる。
さすがのキートンも大柄な外国人集団の前に、KOされてしまった。

しばらくして、キートンは意識が戻る。
そこは生前、スコット教授が愛用していたカフェだった。
どうやら、スコット教授絡みで知り合った男性に担ぎ込まれたようだ。

「あんな連中に一人で食ってかかるとは…。ユーリー先生も顔負けの肝っ玉だよ」

店内はキートンの武勇伝で盛り上がる。

その場所に次々と、恩師ゆかりの人々が集まって来る。
あるときはキートンを肴に、またあるときはスコット教授の思い出を語らい、店内には笑い声がこだました。

その光景に店主は、感無量の思いが込み上げる。

「この店が…まるで…ユーリー先生が生きてらした頃のようだ」

最後に、スコット教授の孫娘がやって来る。
実は、一度墓前で出会っていたのだが、誤解からキートンを毛嫌いしていた。
だが、店内の様子やキートンの人柄、そして今なお恩師の遺志を継いでいることを知り、非礼を謝罪する。
そして、祖父から託された形見をキートンに渡す。
それはなんと!ドナウ文明の存在を示唆する、雷文が施されたプレートだった。

キートンは、目の前に流れるドナウ河を見つめ確信する。

「このドナウの下流、ルーマニア平原のどこかに…ユーリー先生の夢、ドナウ文明が眠っている」

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所感

接待ゴルフ、接待麻雀など権力者に媚びへつらう文化は、なにも大学や学者の世界だけではないだろう。
外国のことはよく知らないが、人脈や年功序列が幅を利かせる日本社会では、長きにわたり繰り広げられた慣習のようなものである。

少なくとも、そうした長い物に巻かれることを良しとせず、学者としての矜持を貫いたのがユーリー・スコット教授だった。
その恩師の言葉を思い出し、魂を売らなかったキートン。

「信念をもって大胆に行動せよ!そうすれば結果はついてくる」

さすが、この言葉を座右の銘にした“鉄の睾丸”ユーリー・スコットの愛弟子である。

以前紹介した「屋根の下の巴里」でも様々なスコット教授の逸話が語られていたが、今回の物語でも在りし日の姿が偲ばれる。
学者にありがちな机上の理論に囚われず、現実の中で人間というものを学び、市井の人々とも分け隔てなく交流を図っていく。
そんなユーリー・スコットの姿に、地位や名誉、肩書よりも大切なことを教えられる。

そして、亡き恩師と懇意にしていた人々と虚心坦懐に思い出を語るキートン。
その姿を見るにつけ、キートンの中にスコット教授の精神が息づいているのだと確信する。
良き人の周りには善き人々が集うのも、この世の真理なのだろう。

乱闘の末に失神したキートンが、運び込まれた恩師ゆかりのカフェ。
そこにスコット教授を慕う人々が集まり、キートンを中心に笑顔が弾ける光景。
そのシーンに涙ぐむ店主の表情は、見ているこちらまで胸が熱くなる。
全てユーリー・スコットの人柄のなせる業である。

最後に、孫娘から託された雷文のプレート。
それを見たキートンは心からの感動を禁じ得ない。

「宇宙の水を示すという雷文はヨーロッパで最も古い紋様だ。クレタやギリシアよりも…。先生はこんな有力な手がかりまで迫っていたなんて…」

だが、キートンは逡巡する。

「私は日本の大学を追われ…こんな大事なものを先生から受け継ぐような人間では…」

そんなキートンの背中を押すのが恩師の孫娘と、恩師の助手を務めた彼女のフィアンセだった。

「あなたこそ、それを持つのにふさわしい人です」

そして、なおも迷うキートンに語りかける。

「祖父が言っていたわ。人間は学びたいという心さえあれば、どんな所やどんな時でも学ぶことができるって…」

素晴らしきエールを胸に刻んだキートンは、ドナウの流れに想いを馳せる。
その表情は、まさに恩師ユーリー・スコットの夢を継ぐ者であった。

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