「マスターキートン」~人生の達人が紡ぐ大人の寓話~⑦ 『穏やかな死』

マンガ




これは、あるIRA(アイルランド共和軍)のテロリストの物語である。

その男の家系は、代々IRAの戦士として英国兵との戦いに明け暮れた。
だが、休暇で向かった田舎町での出会いが、彼の生き方に変容をもたらす。

人間の生き方、そして尊厳に満ちた人間の最期とは…。
この命題を我々に問いかける。


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ストーリー

コナリーは子ども時代から、爆弾作りの名人と呼ばれた祖父に憧れを抱いていた。
コナリーが13歳の時、祖父はイギリス兵との戦いで爆死する。
IRAの英雄として葬られた祖父を見て、コナリーは確信した。
「これこそが人間の生き方だ!死に方だ!」

大人になり、成功率98%という祖父に引けを取らない爆弾作りとなったコナリー。
次なるテロ工作のために作成した爆弾は、これまでの中で最高傑作ともいえる逸品である。
作動したら、彼自身でも解体できるか分からない。

爆弾を組織の工作員に渡し、自らは休暇を取って南アイルランドの田舎町に赴いた。
そこでのある老人との出会いが、コナリーの人生観に多大なる影響を与えることとなる。

のどかな風景に溶け込むバス停のベンチに、コナリーは老人と腰掛ける。
そして、訊いた。
「じいさん、そんなに長い間生きていて、どうだった?いくつの時が一番楽しかった?」

96歳の老人は答える。
「楽しかったよ」

そして、パイプたばこの煙を吐き出すと言葉を継ぐ。
「…今だな」

なおも、退屈しなかったかと尋ねるコナリーに老人は言う。
「退屈している暇なんぞあるかい。生まれてよかった。とても楽しい人生ってやつさ。これからも、ずっと楽しいに違いない…」

すると、老人のもとに曾孫が駆け寄って来た。
相好を崩す老人は、「ほれよ、いつものやつだ」と言いながらチョコレートを渡す。

その光景を見ていたコナリーは、少年時代の祖父との思い出が甦る。
祖父も同じように、チョコレートをくれたのだ。
「うまいか?坊主…若いうちは何でもうまい。俺のように、老いさらばえて生きてはいけない」

翌日、コナリーはバス停に行ったが、老人の姿はない。
教会の前を通ると、あの老人の葬儀が営まれていた。
棺の中で花々に囲まれた老人の顔は、とても満ち足りた穏やかな表情だった。
その顔を見た瞬間、コナリーは気がついた。
「人間は天寿を全うすべきだ」と。

そして、自らが作成した爆弾のことを思い出す。
デパートを標的にしたテロの決行は明日だったのだ。

大急ぎでロンドンに向かい、元SAS(英国陸軍特殊空挺部隊)の爆弾処理班を探し当て、半ば強引に協力を仰ぐ。
その人物とは、何を隠そうキートンだった。
キートンこそが、かつてコナリーの爆弾を事前に発見し、テロを未然に防いだ人物なのである。

まず、1個目の爆弾を鋭い洞察力で探し出すキートン。
そして、コナリーは無事爆弾を解除する。

ふたりがバッグに入っている2つ目の爆弾を見つけた瞬間、子どもが存在に気づき動かそうとした。
その爆弾は振動感知装置付きであり、うかつに動かすと爆発する仕掛けになっている。
咄嗟にコナリーが子どもを突き飛ばし、難を逃れた。
ところが、その衝撃で先ほど解体した爆弾の雷管が内ポケットで爆発し、コナリーは瀕死の重傷を負ってしまう。

そんな中、刻一刻と迫り来る爆発までのカウントダウン。
死に瀕するコナリーが、最期の気力を振り絞り解体に挑む。
だが、銅のタンクに仕掛けた硫酸が溶け出し、もうこれまでか…と思われた。
すると、爆弾処理の名手・キートンがチョコレートを使い、硫酸とチョコの成分による化学反応を起こさせ、間一髪のタイミングで爆発阻止に成功する。

薄れゆく意識の中、コナリーは余ったチョコレートを一口齧った。
その顔は、満ち足りた穏やかな表情だった…。

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所感

我々はテロを憎む。
レジスタンスといえば聞こえはいいが、単なる無差別殺人だからである。
何の罪もない人々、それも子どもの命まで奪う最も卑劣な行為。
憤りを覚えるなという方が、無理な相談である。

しかし、コナリーのように家族がテロリストとして活動し、幼少期から身近な存在であったならば、それが当たり前になっていくのは当然なのかもしれない。
親や大人からの教育は、ある意味洗脳と同じなのだから。

10歳のとき初めて爆弾を作ったコナリーは比類なき腕前で、夥しい数の無辜の人々を黄泉に送ってきた。
だが、田舎町での老人との出会いをきっかけに、自らの生き方に疑問を覚えていく。

何気ないやり取りの中に、その老人が “MASTER OF LIFE(人生の達人)”であることが窺える。
奇をてらうことなく、楽しかっと誇れる人生。
それも、96歳である今が最も楽しく、これからの人生も楽しいに違いないと言い切れるのだ。
誰もが、こんな生き方をしたいと憧れるに違いない。

さらに、老人と曾孫の仲睦まじい様子を目の当たりにするコナリー。
それは、在りし日の祖父とはあまりにも違う姿だった。
どちらの人生が、幸福で人間らしい生き方かは言うまでもないだろう。
そして、天寿を全うした老人の穏やかな顔を見たとき、コナリーは人間のあるべき生き方に目覚める。

コナリーはキートンと共に、自ら手掛けた爆弾を探す。
コナリーは常に淡々とした物腰であり、これまでテロで多くの人命を奪う際も、おそらく無機質なまでに痛みを感じることなど無かったと思われる。
そんなコナリーが必死の形相で身を挺して子どもを助け、瀕死の重傷を負う。
まるで、心ある人道主義者のようではないか。

自らの命と引き換えに、テロから市民を守ったコナリー。
今わの際、チョコレートを一齧り口にする。
己の為すべきことを果たし、口にしたチョコレートの味は格別だったに違いない。
祖父との思い出、そして老人と曾孫の笑顔を繋ぐ、コナリーにとって特別なものこそがチョコレートだったからである。
今生の別れに、これほど相応しいものがあるだろうか。

また、本作のキーワードとなるチョコレートの演出が素晴らしい。
前述したように、人と人の絆を繋ぐ大切なものとして登場するかと思えば、爆弾の作動を停止するためにも使われた。
そして、最後にコナリーがそれを口にし、物語を見事に締めくくる。

私には、人生の最期でコナリーの魂は救われ、何よりも人として人生を終えられたことが素晴らしく感じた。
決して大袈裟な描写こそないものの、静かな余韻が心を打つ。

それにしても、人生の最期で人間らしさを取り戻したコナリーの表情は、なんと満ち足りて穏やかだったことだろう。
まるで、あの老人のように…。

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