「闇に降り立った天才」赤木しげるの名言・名場面㊴
通夜編part5『時 満ちたなら…人は自由に死んでいい』

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ナイン②

実質、最終決戦となる7牌目。
赤木の生死がかかる選択に、百戦錬磨の僧我も逡巡する。

その僧我に先んじて、赤木しげるは牌を置いた。
相変わらず、その表情はポーカーフェイスのままである。

迷った挙句、決断する僧我。
が…またもや互いが選んだのは同じ8筒であった…!
僧我三威、痛恨の引き分け。

“終わった…わしは結局、止められなかった…赤木を…!”

悲嘆に暮れる僧我。
その時、タン!と音がした。
なんと、赤木が8牌目を置いたのだ。
もはや決着がつき、本来ならば勝負を続行する必要はない。

「なぜ…」

僧我は一瞬、意味が分からない。

「ハッ…!」

僧我は気づいた。
一見、普通に見える赤木がアルツハイマーに侵されていた事実を!
赤木は、すでに簡単な計算も出来ぬほど病気が進行していたのである。
つまり、7牌目で引き分けが確定したことを理解できなかったのだ。
それどころか、どの数字が大きいのかも分からず、ただ絵合わせのように同じ牌を9つ並べれば引き分けだと認識していたのかもしれない。
その事実を知った僧我の胸中や如何に…。

「どうした?」という赤木の声に、「いや…」と返しながら牌を出す僧我。
当然のように8牌目も両者5筒…分け…!
それを見届けた赤木しげるは「終わったな…?」と僧我を窺うと、「じゃあ…これはもう出すまでもない…」と最後の牌を伏せた。

「いや…確かにそうだが…せっかくだから最後まで行こうじゃないか」

僧我は自らの手の内から9牌目の1筒を出し、伏せられた赤木の牌をめくり同じ1筒であることを確認する。

「これで9戦全て引き分け…!」

そして、万感の思いで言葉を紡ぐ。

「見ろ!こんなことってあるか?これは万分の1でもきかない出来事…!こんなこと…他の誰も理解できない…おどれだけの世界やっ…!」

奇跡の瞬間に立ち会った僧我三威は感極まる。

「赤木…おどれ…死んでいいわっ…!たしかに、おどれが朽ち果てて死ぬなんて似合わん!おどれは、わしら凡人の感覚や論理を超えて生きてきた人間…天外の人間や!天外者は天外者のまま死ぬのがふさわしい。認めてやるわ…それがおどれの自然だと…!死ねっ…!赤木…!消えろっ…高みのまま…!」

涙を堪えながら、赤木しげるに別れの言葉をかける僧我三威であった。




所感

僧我三威は「麻雀の闇」を見通す男と呼ばれ、現役時代「闇の王」として君臨した。
そんな僧我の直感力をもってしても、赤木しげる相手ではなす術がなかったのである。

宿命のライバル同士の戦いの最中、交わされる赤木しげると僧我三威の会話。
永年、血道をあげて戦ってきたもの同士だからこそできる珠玉のやり取り。
赤木しげると出会い、鎬を削ることができた幸運を虚心坦懐に語る僧我三威。

そんな中、ある意味、赤木しげるを誰よりも知る僧我でさえ、驚きを禁じ得なかった“神域の男”の矜持。

「勝負が人生の全て」

この言葉を心の底から言い切れる者など、赤木しげるをおいて他にいまい。

私はつい、この勝負を若き日の赤木しげるが受けたとしたら、どういう結果になったかを考えてしまう。
「狂気の沙汰ほど面白い」「勝負の後は骨も残さない」といった、敗者は命をもってけじめをつけることすら厭わなかった“闇に降臨し天才”。
あの研ぎ澄まされた鋭利な刃物のような男が果たして引き分け狙いなどという、ぬるいことを選択しただろうか。

それに比べ、晩年の赤木しげるの眼差しはどこか温かい。
命をかけて自分を生かそうとする僧我を殺すことなく、さりとて自らの本懐も遂げるため選択した引き分け狙い。

そして、9戦連続同じ牌を読み当てるという奇跡。
野暮は承知だが、その確率、実に362,880分の1である。
だからこそ僧我は途中で止めず、最後までお互いの牌を開き、ライバルと紡いだ戦いの結末を見届けたのだろう。

僧我ならずとも、感動を禁じ得ない。
なにしろ、アルツハイマーに罹り計算能力を喪失してのことなのだ。
ひたすら、本能・直感のみで成就させた神業。
やはり、どこまでいっても赤木しげるは赤木しげるなのである。




死を選ぶ理由

赤木との勝負を終え、月明かりの下、余韻に浸る僧我。
迎えに来た部下に対し、僧我は無念を隠せない。

「ままならねぇ…赤木が死ぬことになった!たぶん誰も止められねぇだろう…あの決意は!不都合だよな…わしのような老いぼれが生きて…ああしてる分にはピンピンしている赤木が死ぬんやから…!」

しかし、先ほどの赤木とのナインをしみじみと振り返る。

「綺麗やったな…さっきのは!眩いばかりの光が連なって…まるで天の川のようやった…!奇跡を見せてもろうたんや…ついさっき!」

「奇跡ですか?」と部下が聞き返す。

「ああ…ナインをやったら…全部引き分けにされたわ!」

「…!?」

驚きを隠せない部下に言葉を繋ぐ僧我。

「これでよかったんやろ…赤木にはあの死がふさわしい…!唯一ヤツは、あの能力だけを頼りにここまで生き延びてきた。だから、それを失ったら…もう死ぬしかない!」

 僧我は部下と交わす会話の中で、その理由を我々凡夫にも分かりやすく説明する。
つまりこうだ。
赤木は野生動物と同じく、能力が尽きたら死にたいのだ。
虎や熊など、動物はみな己の突出した能力によって命を支えている。
例えば、大空の王たる鷲。
鷲は天空を舞う翼と鋭い爪、くちばしを武器にして命を支えている。
能力、才能がすなわち「生」なのである。
在り方がシンプルで無駄がないからこそ、動物は生きているだけで美しい。
もし仮に、鷲が翼を失ったとしたら…。
そして、獲物を八つ裂きにする爪やくちばしも失くし、ただ地上をヨタヨタと這い回る存在に成り下がったならば…。
それは、もはや鷲ではない!
鷲が言葉を発することができるならば、「もう…いい…殺せ!」と言うのではないか。
もっとも、そんな存在を自然は許さない。
3日ともたず、食い尽くされてしまうだろう。
それが自然の摂理であり、当たり前の姿なのだ。
一見、それは残酷に見えるかもしれない。
だが、能力を失って生きる方がよっぽど残酷であり、死んだ方が生物としては救いに違いない。
赤木がやろうとしていることは、たぶんそういうことなのだと…。

 僧我三威。
何という正鵠を得た箴言なのだろう!
赤木しげるは、はっきり言って社会不適合者である。
その男の生き方は己の才覚のみを頼りに生きる、まさに野生動物そのものではないか!
だからこそ、人間の持つ醜い欲望や執着を感じさせず、いつでもシンプルで軽やかに生きることができるのだ。
脳を病魔に侵され、人としての能力を失ってまで生きていたくないということなのだろう。
ただ獣のように朽ちたいのである。 

霊長類の長などと偉そうなことをぬかす人間も、所詮は動物なのだ。
本来は生きるための能力、才能を失った時点で潔く逝くべきなのかもしれない。
しかし、それが出来ないのが人間というものである。
にもかかわらず、赤木しげるは力むことなく逝くことを決断したのだ。

僧我は濡れる双眸を拭うと、真っ直ぐ夜空を見上げた。

「泣くようなことやない…!赤木にとって…この死は必然!」

そして、「行くか…」と部下に合図する。

「はい!」

手を差し伸べる部下に、僧我は己に言い聞かせるよう語りかける。

「ええよな…いらないっていう決断があってもいい…!どこどこまでも生きなくてたっていい…!」

「そうですね…」

部下も僧我の言葉に感じ入る。

「そうさ…その幻想が…どれほど人を苦しめてきたことか!出来ることなら…人は自由に生き、自由に死んでいきたい…!赤木はただ…それをやろうとしてるだけなんや…!」

僧我は吹っ切れたような表情で結ぶ。

「フフ…楽になったわ…風が通った感じや…心に!わしらは死んでいいんや…恥じることはない!死のう…時 満ちたなら…!」 

赤木しげるが逝かなければならない理由。
私の中でそれがクリアになったのは、この僧我三威のおかげである。
通夜編で唯一、赤木しげるに勝負を挑み、命を賭して生かそうと試みた僧我。
この8人の中で、赤木しげると最も激しく鎬を削った歴戦の強者こそ、この男なのである。

もしかすると、誰よりも赤木しげるに生きて欲しかった戦友…それは宿命のライバル僧我三威だったのかもしれない。


天-天和通りの快男児 17(本ストーリー収録巻)

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