野球漫画の金字塔「キャプテン」~谷口タカオ その白球にかける思い~⑤『名場面』

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「若い日は みな 何かをめざせ 秘めた力 自分じゃ分からないよ 夢を大きく持とう」

これは、野球漫画「キャプテン」のオープニングテーマ曲である。
明るく前向きで、青春の二文字をイメージさせる曲調だ。

「君の背中に 夕陽がさす 僕はありがとうと そっと言うのさ」

このエンディング曲はそれ以上に、「キャプテン」ファンの郷愁を誘う名曲である。
オープニングとは一転し、ノスタルジーをかきたてるメロディ。
夕陽が沈むグラウンドで汗と泥にまみれ、一途に白球を追う墨谷二中のナインたち。
そのひたむきな姿を映し出しながらエンディングテーマが流れるとき、なぜか熱いものがこみ上げる。

名場面

野球漫画の金字塔「キャプテン」には数多の名場面が存在する。
今回は、言葉でなく常に背中で引っ張る「キャプテン」谷口タカオを中心に、お届けしたいと思う。

1. 先代キャプテンとの絆

野球の名門・青葉学院から転校してきた谷口タカオは、早速野球部に入部する。
青葉時代は2軍の補欠だったにもかかわらず、度重なる行き違いで野球エリートと勘違いされてしまう。

谷口の父親は、悩む息子に実力を付けるよう叱咤激励する。
その日から、近所の墨谷神社で父と子の猛特訓が始まった。
さらに息子のため、お手製の特訓マシンまで作ってしまう。
そんな姿に、そっと心の中で礼を言う谷口タカオ。

ちなみに、青葉との戦いで劣勢に追い込まれたとき、意気消沈する応援団に発破をかけ自ら先頭に立ちエールを送ったのも父だった。
江戸っ子気質にピッタリなハナ肇の吹き替えは嵌まり役である。

朝に晩に、それこそ寝る間も惜しんで練習に明け暮れるふたり。
体中痣だらけになりながらも、決して休むことはなかった。
そんな谷口に先代キャプテンはノックの雨を降らせる。
捕球こそ出来ないが、どんな球にも食らいついていく。
そして、とうとう厳しい打球を横っ飛びでキャッチした!

月日が流れ卒業シーズンになり、新体制に移行するため、次期キャプテンが発表される。
なんと!先代キャプテンが指名したのは谷口タカオだった!

青葉の2軍の補欠だった真実を語り、キャプテン就任を固辞する谷口に、先代キャプテンは言った。

「そんなことはお前のプレーを一目見て分かったよ。だけど、今やお前には実力があるじゃないか!影の努力でな」

私はこの先代キャプテンこそ、歴代の中で最もキャプテンの資質を有していたと思っている。
青葉から転校して来た谷口に部員一同色めき立つ中、ひとり、その実力を見抜いた冷静さと洞察力。
谷口の陰の努力を黙って見守り、心の中で評価する温かい人柄。
そして、少しでも早く上達する一助として練習中には心を鬼にし、あえてノックの雨あられを降らせる姿勢。
先代キャプテンの存在があってこそ、「キャプテン」谷口タカオは誕生した。




2. 神社での猛特訓

墨谷二中に転向して間もなく、谷口の猛練習に付き合ったのが父である。
本作品には神社での親子の特訓が欠かせない。
今回も記憶に残る神社での物語となる。

地区予選が始まり、ひょんなことから新入生イガラシの腕試しをした。
すると、ついこの間まで小学生だったとは思えぬポテンシャルに、レギュラーに抜擢する決断をする「キャプテン」谷口。
だが、その裏でレギュラーを奪われた丸井はショックを受け、密かに退部を決意する。

そんな中、強豪・金成中を倒した墨谷二中は、決勝で青葉との対決を控えていた。
谷口は部員に、これまでにないほど厳しい練習を課していく。
これに反発し、野球部の面々は抗議のため谷口の自宅に赴いた。

だが、神社に向かって不在だという。
訝しがる部員たちは神社に行くと、目を疑う光景を目撃する。
そこには、特製マシンでノックを受ける「キャプテン」の姿があった。
その距離は自分達がうけるノックより、はるかに短いではないか。
普段は厳しい父も、さすがに心配するほどの過酷さだ。

その瞬間、みな気が付いた。
自分達へのノック等でコーチに追われるキャプテンは自分の時間を取れないため、こうして夜間練習に励んでいるのだと。
いつ果てるとも分からない猛特訓を前に、彼らは己の浅慮を恥じ入った。
そして、ひとりまたひとりと、自宅までランニングで帰って行く。

その一部始終を見ていた丸井は、鞄から退部届を取り出した。

「う、うっうっ…チキショー!!」

そう叫ぶと、涙を浮かべながら力いっぱい破り捨てた。

「キャプテン」の真意も知らず、バカなことを考えていた自分に腹が立ったのだ。
丸井も気合をこめ、その場からダッシュで去って行く。

実は、イガラシもその様子を木の上から見ていた。
そして、ひとり納得する。

「なるほど!これなんだな…キャプテンがみんなを引っ張る力は」

イガラシも先輩たちに負けず、「よーし!そら!」という掛け声と共に、夜の帳を駆け出した。




3. イガラシの涙

青葉との決勝9回裏、あわや同点の場面で本塁タッチアウトを喫し、嗚咽を漏らし涙するイガラシ。
その瞬間、墨谷二中の敗退が決定した。
懸命に本塁突入を試みた、イガラシの無念の思いは察するに余りある。

そんなイガラシに駆け寄り、「キャプテン」谷口は明るく声をかける。

「イガラシ…やるだけやったんじゃないか」

あの負けん気の強いイガラシが泣いている…。
その姿に、丸井も思わずもらい泣きする。
そして、他の墨谷ナインも堪えきれず滂沱の涙を流し始めた。

そのとき、エンディングテーマ曲「ありがとう」の調べが聞こえてくる。
そのシーンは、全力を尽くした若者たちの清々しさを我々の魂に語りかけてくるようだ。
激闘を演じた青葉学院、そして球場に集う全ての人々が墨谷二中を万雷の拍手で讃えていた。

もう一つの思い出深いシーン。
それは咽び泣くナインたちに谷口が「みんなメソメソするな!さあ行こう!次があるじゃないか」と声をかけた場面である。
3年の谷口はこの試合が中学最後となる。
にもかかわらず、「次があるじゃないか!」と言うのである。

敗れたとはいえ全力を尽くし、精一杯戦ったからこそ谷口はキャプテンとして、こう声をかけたのだろう。
あの気弱な谷口が真の「キャプテン」に成長を遂げたのだ。
勝負は時の運、そして何よりも、勝敗以上に大切なものを教えてくれた墨谷二中だった。

4. 谷口と松下

エース松下は肩の負傷により、青葉との再戦に間に合わない。
小柄なイガラシも体力的に長いイニングは望めず、窮地に立たされる墨谷二中。
部員達が諦めの表情を浮かべる中、谷口の闘志はいささかも衰えない。
再戦まで1周間足らずという時期に、とうとうピッチング練習を始めだす「キャプテン」。
しかし、あまりにも不様な投球に野球部の面々も呆れ返る。

「また、いつものキャプテンの悪い癖が始まった」

それどころか、学校中の笑い者になってしまう。
そんな中、怪我をした松下だけは付きっ切りでコーチする。
雨の日も風の日も、谷口の投球練習は続く。
その傍らには、常に松下が見守っていた。

そんな姿に堪らず、丸井がイガラシに止めさせるよう命令する。
だが、イガラシは反論する。

「俺には言えませんよ!だいたい俺がそんなこと言えるかい?3.4回しか投げられないなんて弱音を吐きやがってよ…青葉の特訓フィルムを見たぐらいでオタオタしやがって…ところがどうだい!キャプテンは最後まで捨てやしないじゃないか!」

イガラシの言葉に再びバットを持ち、素振りを始める墨谷ナイン。
その光景を見て、松下はしみじみと思った。

「キャプテンって全く不思議な男だ。やることはなんであろうとも、また皆を引っ張り上げてしまった」

その松下も怪我により青葉戦でベンチ入りが叶わず、観客席での応援に回らざるを得なかった。
さぞや、悔しかったことだろう。
なにしろ中学生活最後の試合なのである。

初回、観客席にいる松下の目の前で墨谷二中は窮地に追い込まれる。
緊張のあまりエラーが続出し、野球にならない。
不甲斐ないプレーの連続に、墨谷二中の応援席から失望の声が上がった。
重苦しい雰囲気が漂う中、松下は立ち上がり、たったひとりで声を枯らして応援する。

「頑張れ!頑張れ!墨谷!」

松下の想いが乗った声援に勇気づけられた墨谷ナイン。
彼らは再び一致団結し、難敵・青葉学院に立ち向かっていくのだった。




5. 限界を超えた戦い

地区予選決勝、青葉との再試合。
当初は序盤で交代する予定のイガラシだが、谷口が指を負傷したことにより、完投を余儀なくされる。
試合中盤から肩で息をし、終盤にはランナーで出塁するも、疲労困憊でグラウンドに倒れ込む。

それでもマウンドに立ち続けるイガラシを支えたものとは、一体なんだったのだろう。
それは、「キャプテン」谷口の決して諦めない姿勢だった。
右手人さし指の爪を剥がしながら、激痛に耐え攻守にわたってチームを牽引する姿。
また、エース松下の負傷により諦めムードが蔓延するチームにあって、ひとりピッチング練習に打ち込む不屈の精神。

試合中、心配するチームメイトにイガラシは言った。

「最後の最後まで試合を捨てないっていうことを、キャプテンの谷口さんから嫌ってほど教えられましたからね」

だが、そんな谷口イズムを体現するイガラシも、9回裏2死を取ったところで力尽きてしまう。
ともすれば、野球センスが目立つイガラシは天才肌といえるだろう。
ところが、実は丸井にも負けず劣らず、谷口の頑張りを評価する熱い心を持っている。
だからこそ、ときに泥臭くド根性を見せることができるのだろう。

9回裏2死、爪を剥がすだけにとどまらず、骨折を隠していた谷口がマウンドに立つ。
無茶だと心配するイガラシに「な~に今のお前よりマシだ」と笑顔を振りまいて…。
その姿に、言葉では言い表せぬ感動が体中を駆け巡る。

激痛をこらえ、全力で投げるボールは徐々に鮮血に染まる。
ボールのみならず想いも受けるキャッチャーは、「キャプテン」の頑張りに涙で視界がぼやけていく。

そして、ついに墨谷二中野球部の想いを乗せた白球は青葉の主将・佐野を打ち取った。

6. 次期キャプテン

谷口は次期キャプテンの指名に悩む中、骨折の後遺症により二度と野球ができない宣告をされてしまう。
絶望する谷口。
そんな谷口に丸井は涙ながらに訴える。

「俺はどんなときも陰で努力するキャプテンを尊敬してたんすよ!それなのに…なんでぇ!キャプテンらしくもない!右手がダメなら左手があるじゃないっすか!俺だって何度野球を辞めようと思ったことか…でも、一生懸命努力すればやれるんだって教えてくれたのはキャプテンじゃないですか!?」

谷口は丸井の激励で前を向き、思い出の地・墨谷神社にふたりで向かう。
ミットを構える丸井に、谷口は力強く振りかぶり左手で投げた。
ところが、その球は力なく丸井の手前で転がった…。
悲しい現実を前にして涙が止まらない丸井。
ともに白球を追った後輩に、谷口は優しく語りかける。

「泣くな!丸井…野球部を頼むぞ!時期キャプテンとしてな!」

驚く丸井に、谷口は言葉を継ぐ。

「俺にヤル気を起こさせてくれたその気持ちで、みんなを引っ張っていってくれ」

すると、そこにイガラシが現れた。
実は、イガラシも“キャプテン丸井”を進言しに来たのである。
「キャプテン」谷口タカオのフィナーレには、やはり丸井とイガラシが欠かせない。

それにしても、「丸井、野球部を頼むぞ!」という谷口の言葉が実に感慨深い。
なぜならば、先代キャプテンが谷口にかけた言葉に重なるからだ。
大役に尻込みする谷口に、先代キャプテンはこう言った。

「谷口、みんなを頼んだぞ!」

受け継がれるキャプテンの系譜、そして野球部を託す思い。
きっと丸井にも、歴代キャプテンが残した墨谷二中イズムが継承されていくだろう。

まとめ

野球漫画の金字塔「キャプテン」。
この作品は、ひたむきに野球に取り組む「キャプテン」谷口タカオ、そして墨谷二中野球部の青春群像である。

ところが、作者ちばあきおは志半ばで自ら人生の幕を閉じてしまう。
只々残念としか言いようがない。
と同時に、努力の素晴らしさを我々に伝える「キャプテン」を描いた、ちばあきおには心から感謝したい。

あなたが去った後も、谷口タカオと墨谷二中の野球部員たちは今もなお、「キャプテン」という物語の中で沈みゆく夕陽を背に白球を追い続けているのだから。


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