成田悠輔 世界的権威と睡眠の知られざる真実を科学する

ノンフィクション




睡眠。
それは食べることと同様に、全ての動物にとって生きるために必要な営みである。

今回は成田悠輔と「睡眠の世界的権威」である筑波大学教授・柳沢正史の対談を基に、睡眠という知っているようで知らない分野について紹介する。

睡眠とは

随所に見せる成田悠輔のユーモラスなトークや、後編で話題に上った日本の大学の問題点についての議論なども楽しめたが、今回は「睡眠」についてフォーカスしていく。

まず、成田悠輔は「そもそも睡眠とは何なのか?」という、科学というよりは哲学に近い疑問を投げかける。
その問いに、柳沢教授は意外な回答を示す。

「実は睡眠という状態については、具体的なことはきちんと分かっていない」

そして、続けた。

「分かっていることを言うと睡眠は脳の休息と言われているが、それはあまり正しくない。深い眠りにあるノンレム睡眠中も脳は働き続けている。コンピューターにたとえると、睡眠中にオフラインのメンテナンス作業を行っているのである」

つまり、脳は24時間休むことなく稼働していると柳沢教授は語っているのだ。
最初から意外な睡眠のメカニズムに引き込まれていく。
そもそも、動物にとって睡眠はリスクそのものである。
意識を失い無防備な姿をさらすことほど、常に死と隣り合わせの野生の中で危険なものはないからだ。
しかし、動物だけでなく昆虫やクラゲに至るまで睡眠をとる。
つまり、それほどの危険を冒してまで睡眠を取らなければならない理由あるという証左にほかならない。

また、睡眠を取ることにより記憶が定着することは知られているが、スポーツや楽器演奏における技術の修得にも影響するという。
皆さんも経験があるだろう。
テスト前日に勉強しているときは成果が曖昧でも、寝て起きると頭がクリアになって学習したことが身についていることを。
あるいは、難しい技を一生懸命練習しても上手くできなかったのに、一晩寝ると意外とあっさりできたことなども。
ただ、なぜ睡眠が言語的な記憶や技能記憶を定着させるかのメカニズムについては、未だ解き明かされていない。

柳沢教授はかく語る。

「睡眠学は神経科学の領域の中でも、夢や意識と共に最も未開な領域のひとつである」

この難題に長年取り組み、様々な成果を挙げているからこそ、柳沢正史教授は次期ノーベル賞候補と謳われているのだろう。




睡眠に関する留意点

1. 量

柳沢教授は睡眠には3つの側面があるという。
それは量・規則性・質である。

前提として量の確保は欠かすことができない。
そして、必要な睡眠量には個人差がある。
一般的にいわれるのが、大人だと6~8時間ぐらいであり、平均すると7時間前後だろう。
よくショートスリーパーについて耳にするが、本当の意味で該当するのは稀であり、検証論文こそ無いものの柳沢教授の体感では数百人に一人かそれ以下だという。
要するに、ショートスリーパーを語る大半が自称であり、実は単なる寝不足ということになる。

では、どうすれば自分の必要睡眠時間を知ることが可能なのだろうか。
休日も同じ時間に起床・就寝することを条件に、4~5日間ほど普段より30分長く眠ってみる。
昼間の体調が良くなれば、さらに30分ずつ延長し、状態が変わらなくなるまで試してみる。

もうひとつは、4日間連続で自然に起きるまで眠る方法だ。
何の制約もなく、とにかく眠れるだけ眠るのがコツである。
いざ実践してみると、日本人のほとんどが寝不足ということもあり、初日は10時間以上眠れることも珍しくない。
2日目、3日目と眠れる時間は減っていき、4日目以降は一定の睡眠時間に落ち着いていく。
そのときの値が適正な睡眠時間となる。
過去の例を紐解くと、多くの人が思っていたよりも長い結果となり、8時間を下回ることは滅多にない。

さらに、柳沢教授は重要なことを口にする。

「睡眠は貯金ができない。寝だめという言葉をよく聞くが、あれはあくまで“負債”を返しているに過ぎない」

睡眠が充足している人は、必要睡眠時間以上に眠ることはできない。
逆にいうと昼間眠くなったり、所構わず電車などで眠ったりする人は全て睡眠不足が原因なのである。




2. 規則性

では、睡眠の規則性は我々の健康にどのように影響するのだろうか。
起きる時間や寝る時間がバラバラだと高血圧、心筋梗塞、脳梗塞などの心血管疾患リスクが高くなる。
ちなみに、ここでいう規則性とは朝型・夜型という概念ではなく、あくまでも起きる時間と寝る時間が一定であればよい。
余談だが、寝不足になると肥満になりやすいことも付け加えておく。

実は、朝型・夜型というのはDNAレベルで決まっている生まれ持った体質なのである。
それは体内時計と関係があり、平均的な数値である24時間よりも短いと朝型になり、それよりも長いと夜型になる。
柳沢教授の言を待つまでもなく世の中は朝型人間に有利にできており、典型的な夜型人間の私にはいわゆる普通の生活を送ることが苦行でしかない。
成田悠輔も実感している様子が窺え、思わぬところでシンパシーを感じてしまった。

さらに、朝型・夜型は年齢によっても変化する。
10歳頃の小学生は朝型が多く、思春期から二十歳前後にかけて夜型となり、平均で2時間ぐらい後ろにずれる。
それは30代ぐらいまで続き、40代以降は朝方になり、年齢を重ねるごとにその傾向が強くなる。
なお、これは体内時計自体が変わるわけではなく生物学的な変化、つまり加齢現象であり、原因については分かっていない。
ここまでの話を聞いて思うのは、成田悠輔も語っていたようにライフステージによって始業時間が変化するのが理想だということだ。
特に、学生からすると10時ぐらいから授業を始めるのがベストではなかろうか。

あと、睡眠不足を補う手段として昼寝についても言及している。
仮眠は科学的にも効果が実証されているが、やみくもに取ればよいわけではない。
ポイントとしては①脱力しても大丈夫な寝姿勢を取る ②時間は20分以内 ③遅くとも午後2時までにとるという3点である。

20分以内が推奨されるのは、眠りにつくとノンレム睡眠の第1層、第2層、第3層と徐々に深い眠りに至るのだが、まどろみ状態の第1層では不十分でスヤスヤ眠る第2層が数分間続けばリフレッシュできる。
ここで重要なのは20分以上眠ると第3層のグッスリ状態にまで至ってしまい、起きるのが辛くなり逆効果になってしまうのだ。
また、午後2時以降に昼寝をすると夜眠れなくなり本末転倒になる。
ただ留意するべきは、昼寝はあくまでも応急処置であり、夜十分な睡眠が確保できていれば昼間眠くなることはない。

3. 質

前提として、睡眠は「質」で「量」をカバーすることはできない。
どんなに良い環境で寝ても、睡眠時間が足りなければ良質な睡眠とは言えない。

そして、睡眠は万人に共通するこうすれば良いという方策はなかなか無い。
一方で、確実に良くないことは存在するので、それを避けることが肝要となる。
まず、摂取するものではカフェインとアルコール、ニコチンが挙げられる。
ニコチンにも覚醒作用があるためだが、意外に思う方も多いだろう。
カフェインは夕食後に飲むのは避けた方がよく、たとえ眠れても睡眠の質は確実に悪くなる。
アルコールも同様で寝酒も即刻やめるべきである。
アルコールのたちが悪いのは急性の催眠作用があるにもかかわらず、眠った後の睡眠の質が非常に悪くなることである。

柳沢教授は訴える。

「アルコールなしで眠れない方は、睡眠薬でありながら依存性の少ないオレキシン受容体拮抗薬を飲んで欲しい。そちらの方が遥かに体にも睡眠にも良い」

それから当然なのだが、明るい所や音がする部屋で寝るのは良くない。
人間は昼行性なので光そのものに覚醒作用があり、夜に分泌され睡眠を助けるメラトニンを抑制する。
また、よくテレビを付けっぱなしで寝落ちすることがあるが、睡眠中も聴覚は働き続けているので影響する。
さらに、温度も重要で朝まで適温に保つことも大事な要素となる。
柳沢教授は夏や冬はエアコンを切らずに寝ることを推奨していた。
暑くても寒くても眠りが浅くなるからだ。

そもそも日本の住宅は、夜明るすぎなのだという。
リビングやダイニングの灯も少し落とすことにより、昼行性の人間はリラックスする。
そのことにより体内時計も狂わず、メラトニンの分泌も抑制されず、良質な睡眠へとつながる。
太古の昔から人間は夜暗い所で暮らしてきたのであり、進化の過程からも夜は暗い所で過ごすのが本来の姿なのである。




最後に

私が柳沢教授の出演する動画コンテンツで最初に視聴したのは、高橋弘樹プロデューサーが手掛ける「RehacQ」である。
内容は非常に興味深く、とても有意義なものであったが、一つ残念なことがあった。
それは、聞き手の高橋Pが柳沢教授の話を度々さえぎり、やや消化不良に感じたことである。
高橋Pが好奇心に駆られたゆえなのは理解できるのだが、柳沢教授が語る睡眠についての話が面白かっただけに却って邪魔に感じた。
いつもは聞き役でも真価を発揮する名物プロデューサーだけに、その放送回は個人的には惜しい気がした。

その他で視聴したコンテンツは「ホリエモンとの対談」と成田悠輔がホストを務める「夜明け前のPLAYERS」である。
我がままで“巨大幼稚園児”ともいえるホリエモンであるが、今回の動画は有意義な仕上がりとなっていた。
柳沢教授へのリスペクトが感じられ、傲慢な態度が出なかったことも良かったように思う。
特筆すべきは、前編のほとんどを柳沢教授のひとり語りにしたことであり、そのため氏の有料級の講義をじっくりと堪能することができた。
オススメである。

そして、最も楽しめたのは成田悠輔との対談だ。
成田悠輔は相手の話をきちんと最後まで聞くことのできる稀有な存在であり、とりわけ柳沢教授のような興味深いテーマを上手に話すゲストのときは、その長所が遺憾なく発揮される。
加えて、奥行きのあるテーマに対する疑問を巧みに言語化し、視聴者にも分かりやすく質問する。
柳沢教授自身も同じ研究者ということもあり、話しやすそうに見えた。
やはり、知的レベルが高い者同士の対談は聞きやすく、素晴らしいコンテンツになることを実感させられた。

「睡眠」という人類の普遍的なテーマへの理解が進む当番組は必見であり、前述した以外にも有意義な内容が盛りだくさんとなっている。

最後に動画を紹介する。

「夜明け前のPLAYERS」
https://www.youtube.com/watch?v=AWTY93Mh9nM&t=1641s

「ホリエモンとの対談」
https://www.youtube.com/watch?v=vZryxbDmPdE

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