「闇に降り立った天才」赤木しげるの名言・名場面㉟
 通夜編part1『赤木死す!?』

マンガ・アニメ




東西の名うての裏プロたちが結集し、裏世界の莫大な利権をかけた「東西戦」の決着から9年の月日が流れていた。

東軍のメンバーの一人であるひろゆきは、今はサラリーマンとして地道に暮らしている。
天貴史や赤木しげるたち天才との我彼の差を痛感し、コンプレックスに苛まれ麻雀から距離を置いていた。 
しかし、生き甲斐もなくただ流されていくような毎日は、まるで意識が眠っているようであり、薄く死んでいくような感覚に支配されていた。

そんな折、ふと新聞に目を落とすと驚愕の記事が飛び込んでくる。
それは赤木しげるの告別式の知らせだった…。 


天-天和通りの快男児 16 (本ストーリー収録巻)

通夜編

初めに断っておくが、通夜編では一切麻雀の闘牌は出てこない。
あの赤木しげるがアルツハイマーの病魔に侵され、安楽死を決意するところから話は始まる。

その決断を下した赤木しげるは、最期に「東西戦」ゆかりのメンバーたちと今生の別れをするため、再会の場を設けた。
必死に思いとどまらせるよう説得を試みるメンバーたち。
その一人ひとりと交わす珠玉の会話が、我々の心に深い余韻を残していく。

「生きる」とは、そして「死ぬこと」の意味とは…。
“不世出の天才”赤木しげるが、我々に問いかける「生と死」の理。 

正直に告白しよう。
今まで、延々と「赤木しげるシリーズ」を書き連ねてきたのは「東西戦」での赤木しげるの退場シーンと並んで、この通夜編を書きたかったからである。
若き日の才気あふれる神域の闘牌や、壮年時代の一回り人間の深みが増した赤木しげるを描かなければ、この男の矜持や思いが伝わらないと思ったのだ。 

人は10人いれば10人の価値観がある。
ということは、人それぞれ、生き方や死への捉え方が異なるのは当然であろう。
しかし、赤木しげるの死生観は十人十色の我々の価値観を超越し、人間の永遠のテーマである「生と死」について示唆を与えてくれるに違いない。

麻雀漫画であるにもかかわらず、麻雀なしで完結していく最終章だが、これほど赤木しげるの最期にふさわしい描写はないのではないか。
ついに、麻雀漫画の金字塔「アカギ」「天」において、伝説の闘牌を繰り広げてきた“神域の男”赤木しげるの物語がここに完結する。 




告別式

赤木しげるの訃報を目にした翌日、ひろゆきは告別式の会場である岩手県の清寛寺に向かう。
未だに赤木しげるの死を信じられぬひろゆきは、多くの参列者とともに焼香し、棺の中の赤木しげると対面した。
その頃から、ある予感、いや違和感を抱き始める。 

法要が終わると、ひろゆきは係の者から声をかけられる。
この後、親しい者たちだけで通夜を執り行うので出席して欲しいとのことだった。

ひろゆきの疑念は、ますます膨らんでいく。
それはそうだろう。
普通、通夜は告別式の前に行うものであり、告別式の後に執り行う通夜など聞いたことがない。 

夜8時、いよいよ通夜が開始される時刻となる。
先ほどの係の者が、ひろゆきの休憩部屋を訪れる。
準備が整ったことを知らせると、ここから先は喪主が案内するという。

「喪主?喪主って誰だ?」

困惑するひろゆき。

「兄弟?それとも息子?あるいは…」

そこに現れたのは、「ククク…」と相変わらず不敵な笑みを浮かべる赤木しげるだった!

「やっぱり!」

これこそが、ひろゆきのモヤモヤと違和感の正体だった。




不治の病

「なんだ、びっくりしねえのか?つまらねえな…」

こともなげに言う赤木。
ひろゆきは口角泡を飛ばしながら、赤木に抗議する。

「冗談が過ぎますよ!どうして?」

「それが冗談じゃねぇんだよ。どうもこうもねぇさ!今日は俺の葬式なんだ!」 

ひろゆきは意味が分からず狼狽する。
赤木は部屋の前まで先導し、後はそこにいる面々に聞いてくれと言わんばかりに立ち去った。

意を決して、ひろゆきが部屋に入ると、そこには「東西戦」メンバーたちの懐かしい顔ぶれが揃っていた。
しかし、部屋の中の重苦しい雰囲気に、ひろゆきは事の重大さを確信する。
この法要の一切を任された、赤木と古くから親交のある清寛寺住職の金光が、ひろゆきに説明した。

「赤木の脳はすでに何ヶ所か損傷している。医者の話では、かなり進行している状態であるにもかかわらず、それほど破綻していないことは奇跡的だそうだ。一体なにが赤木をそうさせているのか…」

現実についていけない中、ひろゆきは何とか言葉を絞り出した。

「何なんですか?赤木さんの病気って…?」

重い沈黙が支配する中、金光が答える。

「アルツハイマーだ…それも、進行の早い早発性…通常、3年ほどで廃人か死!」

「バカなっ!信じられるか!そんなこと…!」

取り乱すひろゆきを制し、金光は言葉を継いだ。

「事実だ!赤木はその事実を知り決意した。本当に訳が分からなくなる前に、己が人生を自ら閉じようと!」

あまりの衝撃の事実に愕然とするひろゆき。

「バカなっ…!なぜ…あの赤木さんがどうして…」 

アルツハイマーは、現代の医療では完治させることはできない。
せいぜい、進行を遅らせることが関の山だという。
死者が生き返らないのと同じように、一度死滅した脳細胞も二度と蘇らないのである。 
どうしても諦めがつかないひろゆきに天が諭す。

「赤木しげるという男は、たいていの人間が欲する金や名声、権力といったものには目もくれず、只々…自分が自分であることのみを求め続け生きてきた。その誇り、矜持が薄皮を剥ぐように日一日ごとに失われている…だから、生きる理由がもうねえのさ」

「生きる理由はありますよ!だいいち、赤木さんは、まだ全然変な様子はないじゃないですか!」

なおも食らいつくひろゆき。

「それが、そうでもないらしい…例えば今日の年月日。この辺りがもう分からない。自分の年齢も怪しい。簡単な計算も無理…記憶もどんどん失われている。しかし、なぜかまだ赤木らしい口利きは健在で、俺たちが知っている赤木らしさ…あの知性は残っている」

そう語る天はさらに続ける。

「ひろ…逝かせてやろう!赤木が赤木らしさを保っているうちに!赤木が赤木しげるとして死んでいける…唯一の道なら仕方ない!」

そう語る天もまた、苦渋の決断に顔を歪ませていた。
この法要の責任者・金光住職が、赤木の死にゆく方法を説明する。

「マーシトロン」という安楽死の装置を使い、一切の苦痛を感じさせることなく安らかに逝かせてやるということであった。
だがその前に、この場にいる8人と一人ずつ、少しの時間語らうという手筈だという。 

こうして、赤木しげるの人生最後となる、戦友たちとのかけがえのない時間が始まるのであった。




所感

あの赤木しげるがアルツハイマーに侵され、安楽死を選択する。
常に死を覚悟しながらも、なぜか最も死に遠い存在に感じていた赤木しげる。

その驚愕の展開に、私はひろゆき同様言葉を失ってしまう。
しかし、物語を読み進めていくうちに思うのだ。
赤木しげるは、やはり赤木しげるだと。
病を恐れるあまり死に逃げるのではなく、自分らしさを貫くために死を決断したのである。 

私は、余人と同じく死が恐ろしい。
たいして懸命に生きているわけでもないのに、どうやらいっぱしに命は大事らしい。
だが、この赤木しげるの通夜編を読んでから、命のつながりや輪廻を感じるようになった。
もしかすると、「死」は我々が考えているよりも怖くないのではないか。
凡人の私でさえ、そんな気持ちにさせられる。

どんな偉人や権力者だろうが、我々一般人と同じく絶対に逃れられない定めがある。
それは言わずと知れた、人間には等しく死が訪れるということだ。
かつて、“どう生きるか”は“どう死ぬか”と同義であると目にしたことがあった。
当時は意味がイマイチ理解できなかったが、赤木しげるのおかげで少しだけ分かったような気がする。

また、命がついえた日を命日という。
しかし、赤木しげるの生き方をみると、命日とは自らの志を遂げた日であることを教えられた。

麻雀のルールが分からず興味の無い方も、この通夜編だけは是非とも読んで欲しい。
きっとそこには“人の生きる意味”、そして“死ぬことの意味”が記してあるはずだから。 


天-天和通りの快男児 16 (本ストーリー収録巻)

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