二人の出会い
大好きな双子の妹が関西の高校に行ってしまい、ますますボッチに磨きがかかる“当作の主人公”苔石花江。
そんな彼女は入学前の意気込みとは裏腹に、あっと言う間に学校を辞めたくなっています。
新生活を始めて1週間が経った頃、友達のできない花江に人間が話しかけてきました。
びっくりした花江は、椅子から転げ落ちてしまいます。
なぜならば、スーパーコミュ障の“こけしちゃん”に気さくに声をかける奇特な人類など、これまで家族以外で存在しなかったからです。
新たな地平を切り拓く冒険者。
その名を小緑つぼみと言いました。
そのつぼみん。
なんと!友達になって欲しいそうなのです。
こうして、花江に人生初の友達が爆誕しました。
めでたしめでたし、パチパチパチ…(大団円にあやうく終わりかけましたが続きます)。
小緑つぼみは優しくて容姿も悪くなく、友達と一緒にカラオケに行くなど早くもクラスに溶け込んでいます。
そんな彼女がなぜ、キング(クィーン?)・オブ・陰キャの花江と友達になりたかったのか…。
これは作中最大の謎といえるでしょう。
もしかすると、決して陽キャとはいえない性格ゆえ、どこか花江に同じ匂いを嗅ぎ取ったのかもしれませんね。
バスケ部へ
つぼみは中学時代の中途半端な自分を、とても悔いていました。
友達に流されるまま入った吹奏楽部では、まともに練習もせず真剣味に欠けていたからです。
そんな自分と決別し、高校ではバスケットボールに全力で打ち込もうと一念発起したのです。
理想の自分に生まれ変わろうとする小緑つぼみに、花江は心から感銘を受けました。
だからこそ、つぼみを応援しようと誓います。
意外にも、花江の援護射撃は早速実現します。
バスケ部へ入部するため、つぼみは花江とともに体育館に向かいました。
すると、出迎えた同じ1年の栗原夏凛に、いきなり入部を拒否されたのです。
その瞬間、花江の瞳にショックを受けるつぼみの顔が映ります。
その表情は目を輝かせ、明るい笑顔で「バスケを頑張る」と語っていた時とはまるで違う、絶望的なものでした。
気の弱さでは天下無双の花江ですが、悲しそうな友達の姿にいてもたってもいられません。
全国レベルの妹と1on1で培った9年間の結晶が、夏凛に牙を向きました。
圧倒的なオフェンス力を持つ夏凛に何もさせず、完封してみせたのです。
紆余曲折があった後、つぼみは無事入部が認められました。
その帰り道、花江は雄弁に語ります。
全国の舞台で活躍するつぼみを見たいこと。
そのために、全力でサポートすること。
そして何よりも、つぼみは女子バスケという仲間のためにするスポーツに必要な資質を持っていることを。
つぼみは花江に礼を述べます。
声も足も震わせながら、自分のために懸命にディフェンスし、必死に走ってくれた友達に。
そして、心から言いました。
「それなら…女子バスケが仲間のためにするスポーツなら…バスケって苔石さんにピッタリだね!」
桜満開の川沿いの小径を歩く、花江とつぼみの帰り道。
その風景は、ふたりが出会って間もないことを描きます。
そして私のようなおじさんに、過ぎ去りし青春の日々を思い出させます。
そんなどこか懐かしい景色の中、交わされる二人の会話。
友達思いで和を重んじる、小緑つぼみの性格が女子バスケに向いているのは分かります。
ですが、花江自身も否定しているように、「苔石さんの内面が女子バスケに向いている」という発言には、私を含めほとんどの人が意表をつかれたのではないでしょうか。
いくら技術が高くても、人とコミュニケーションを取るのが苦手な性格は団体競技において致命的に思えるからです。
にもかかわらず、つぼみは力強く言い切ったのですから。
本作品のテーマ。
それは「完全変態」ではないでしょうか。
つまり自分の殻を打ち破り、どう変化を遂げ、そしてどのように成長していくかということです。
理想の自分を目指すつぼみを見て、花江もまた少しずつ変わろうと努力します。
これまでの自分から新しい自分へと変化することは、とても勇気が必要です。
友のため勇気を振り絞る花江に、女子バスケの適性を見いだした小緑ちゃん。
そんな花江なら、きっと自分の弱さに打ち克って、新しい自分へと変化できると感じたのかもしれません。
内なる自分に勝った者
つぼみは初心者ながら誰よりも練習し、真剣にバスケに向き合う姿勢でチームに好影響を与えます。
そして、小緑ちゃんの長所はそれだけに留まりません。
エース藤も感心する「愛のある」パスや、常に声を枯らして応援する姿も印象に残ります。
加えて、見た目とは異なるガッツあるプレーもチームを勇気づけるのです。
なにせ入部して間もない頃、藤が全力で投じたオーバーヘッドパスにも逃げずに、瞬き一つせず捕球しようとしたのですから。
結果は顔面直撃の憂き目に遭うものの、その勇気は賞賛されるべきでしょう。
そんな小緑つぼみが公式戦初出場を果たしたのが、インターハイ予選での護円高校戦でした。
わすが1分半という短い時間でしたが、チームを奮い立たせた全力プレーには感涙を禁じ得なかった読者も多いでしょう。
それを物語るのが、試合後の大椛部長のコメントです。
「今日のMVPはつぼみちゃんだな」
そして、副部長のまもりと共に「ありがとう」と感謝します。
その言葉にチームメイトたちも祝福します。
花江でも藤でもなく、つぼみを一番に褒めたたえる部長たち。
こんなところにも、彼女たちの見る目の確かさと人柄が表れているように感じます。
花江とつぼみは帰路につき、例の川沿いの小径を歩いています。
「もうぐったり…普段の練習より動いてないはずなのに不思議だなー苔石さんすごいね」
つぼみの言葉に、花江は言いました。
「本来なら、私はあんなに動けてなかったと思います。でも、小緑さんのプレーを観ていたら勇気が湧いてきました。不思議です…ただ、それはバスケットボールにおいて凄いことです。小緑さんはやっぱり…すごい選手です」
「私…戦ったよ!少しの時間だけど、何もできなかったけど、今まで逃げ続けてきたけど…今日!初めて戦ったよ!」
涙をこぼす小緑ちゃんに、花江は狼狽します。
「は、はい!私…観てましたから…な、泣かないでください!えと…あの…」
すると突然、両手を挙げてバンザイ風のポーズをする“こけしちゃん”。
「か…!勝ちました!あの…爽英女学院との練習試合は負けてしまいましたけど…今日は勝ったんです!すすす…即ち!泣かなくていいんです!胸を張ってください!」
「ぷふっ!そうだね…ありがとう苔石さん!」
ユーモラスな花江の姿に、思わず吹き出すつぼみ。
その様子に花江もホッと一安心です。
花江の励ましに、つぼみは笑顔を取り戻しました。
「次も勝つぞ!」
突如、両手を挙げながら叫ぶ友達に、花江もびっくりしながら応えます。
「はぇっ!!はい…!次も勝ちます!」
「あはは!」
つぼみんの笑い声が響きます。
バンザイしながら帰るふたりを、木洩れ日が優しく包み込みました。
小緑つぼみというバスケットボールプレーヤー。
その本質は、花江の「プレーを観ていたら勇気が湧いてきた」という言葉に凝縮されています。
チームに力を与えるのは花江のような高等技術だけでなく、つぼみが見せた献身的なプレーも然りです。
「私…戦ったよ!今まで逃げ続けてきたけど…今日!初めて戦ったよ!」という小緑つぼみの心の叫び。
自分を讃えた花江の言葉に、感情があふれ出したのでしょう。
心を許す花江の前だからこそ、心の防波堤が決壊したのかもしれません。
その涙を目にした“こけしちゃん”の不器用な励ましも良いですね。
友達を元気づけようとする真心が、こちらまで伝わってきます。
ふたりで肩を並べて歩く、いつもの帰り道。
川のせせらぎに反射する陽光が、なんともいえぬ趣を感じさせます。
思えば、ふたり水入らずのやり取りは、この川沿いの小径で描かれることが多いことに気付きました。
ふたりの雰囲気が穏やかな風景と調和しているからでしょうか。
あたたかい空気に包まれた景色の中、「次も勝つ!」と肩を並べて歩くふたりの姿は、何だかとても微笑ましく感じました。

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