ドキュメント72時間②「恐山 死者たちの場所」レビュー

ノンフィクション




ドキュメント72時間。
この番組はNHK総合テレビ放送の、ある場所を72時間定点観測するドキュメンタリーである。

昨年、過去10年分から歴代ベスト10を選ぶ、特別番組を放送した。
ちなみに、歴代1位に輝いた「秋田・真冬の自販機の前で」は、すでに当ブログに掲載中なので、ご覧いただければ幸いである。

私は全てを視聴したのだが、さすが歴代ベスト10である。
どれもが、印象的な名作揃いだった。
その中で、故人を思い思いに偲ぶ「恐山 死者たちの場所」は特に心に残った。

恐山

恐山。
青森市内から車で北上すること3時間、下北半島にそれはある。

そこは、死者と生者の魂が行き交う場所。
今は亡き大切な人への想いを胸に、様々な人々が訪れる。

「どうか成仏して欲しい…」

そんな心の声がこだまする。




意外な訪問者

ゴールデンウィーク真っ只中ということもあり、大勢の人が集まっていた。

中には、死者への弔いのため、風車を手向ける者もいる。
恐山では、古くからの慣わしだ。

だが、この場所には似つかわしくない、意外な目的で訪れる人もいる。
常連風の中年の男性は、朝6時前にやって来た。
なんと温泉に入るためである。
霊場には8箇所も温泉があるらしい。

そうかと思うと、わざわざ広島から御朱印をもらいに来る女性もいた。
コレクションに加えることができ、ご機嫌である。

こう見ると、恐山は生者も死者も、いろいろな目的の人も受け入れる、懐深き場所である。

対照的な高齢女性

「お小遣いだよ」

賽銭を投げながら、そう話しかけたのは地元むつ市に住む72歳の女性である。
昨年、夫を亡くしたという。

「お父さん、もうここに来てると思う。安心しました。これで成仏したかなと思う」

安堵した表情を浮かべている。

そうかと思うと、涙を流す者もいる。
仙台から来た86歳の女性は、兄弟も親も全て亡くなった。
気がつくと、独りになっていた。

「そこに座って、その人たちの名前数えてたら、自然と泣きたくなってしまった。亡くなった兄弟だの、みんなここに来てんでないかなと思って…私には見えないけど、向こうからは見えてるんじゃないかなと思って…“よく来たね”って言われてるような気がして」

両手を合わせ、冥福を祈る。

「ありがとうございます。帰ります」

そう言うと、帰って行った。

ふたりとも気の良さそうな、おばあさんだった。
だが、参拝する姿はあまりにも対照的である。
同じ家族を亡くしても、こんなに違うものなのか…。

特に、86歳の女性は見ていて気の毒になるほど不憫に感じた。
年を重ね、周りの者が次々と世を去って行く寂しさと孤独感。

そんなふたりにも共通するものがある。
それは、恐山という場所に、御魂が来ていることを信じているのである。

恐山…それは大切な人を喪った、遺族の心の拠り所なのだろう。

妻との別れ

その高齢の男性は娘と一緒に栃木から来訪した。
昨年、妻を亡くしたのだ。
2年前、心臓病で倒れた妻を看病していたが、その甲斐むなしく泉下の人になる。

今回の目的は、イタコを通じて妻と話をするためだった。
どう思っていたのか聞きたかったのだが、「十分に看護してもらったから」と言ってもらえた。

思わず、涙ぐむ男性。
最後まで正直な気持ちを伝え合うことができないまま、別れが訪れた。
だから、どうしても気がかりだったのだ。

「十分に尽くしてくれたと思う」

生きているときには言えなかった妻への感謝の想い。
この場所でなら、なぜか素直に口に出せた。

断腸の思いで諦めた我が子

娘を連れた母親が、一体の地蔵の前へと向かって行く。
親子とも涙に暮れている。
その地蔵は、この世に生を受けられなかった子どもを供養する水子地蔵だった。

糖尿病が悪化し、わずか妊娠2ヶ月で諦めざるを得なかったのだ。
母親は声を絞り出す。

「どんなに悔やんでも、娘はもういない。どうにもならないんですけど、一生ごめんなさいという気持ちで供養したい」

母と娘は肩を寄せ合うようにして、その場所を後にした。

己の持病のせいで、娘を産んでやれなかった悔恨。
その苦しみが痛いほど伝わってくる。
そして、まだ小学生ぐらいの年頃の娘まで、会うことが叶わなかった妹を思い、涙する姿が家族の喪失感の大きさを物語る。

だが最後に、肩を抱き合いながら去り行く親子の後ろ姿は、ともに心の傷を癒し合う家族の温もりも感じさせた。

子を亡くし逆縁を悲しむ者

そして、今回最も心に残ったのが、岩手県から来た夫婦である。
3年前、26歳の娘を喪った。
我が子を出産した後、体調を崩し旅立ったという。

両親は、在りし日の娘を語り始めた。

「全然病気もしたことがない子だったから、余計悔しくてさ…凄い活発で、友達もいっぱいいたからね。お葬式もたくさん来てくれた」

最期は言葉を発することが出来なくなり、筆談でやり取りした。
そのときのことを、父親は述懐する。

「最後に娘が書いたのは“お父さん治るの”という一言だった。“治るよ”って言ったんだけどさ…自分でも諦めてたんでねえかな」

そう言うと、顔を歪ませた。

父親は娘のことを話すとき、ずっと笑顔を見せていた。
笑顔というには、あまりにも悲しい顔だった。
もしかすると、こんなに切ない笑顔は初めてかもしれない。

最後の筆談の様子を話し終えたとき、父親はこみ上げるものを必死に堪える。
無理して笑顔を作っていたことが分かるだけに、余計辛くなった。

3年経っても、気持ちは変わらないという。
改めて、子が先に逝く逆縁の不幸を思わずにいられない。
なぜか、供養を終え波打ち際を去って行く、夫婦の姿が忘れられなかった。

その後、嬉しい報せが入る。
放送があった2014年から8年が経った後、父親と連絡が取れたのだ。
なんと!娘が命懸けで産んだ孫娘はすくすくと育ち、現在小学5年生になっていた。
運動会で、普段は大人しい孫娘が一番目立つところで元気に踊っている姿が…。
そんな一面が娘に似てきたようで、嬉しくて涙が出てしまったという。

娘から孫娘へと受け継がれた命。
彼女のすこやかな成長を願わずにはいられない。


恐山―死者のいる場所―(新潮新書)

まとめ

他にも、生後6ヶ月で亡くなった兄を持つ女性も登場した。
もちろん、自分が生まれる前の話である。
だが、水子地蔵の前に来ると涙が止まらない。
自らも二人の子を持つ母となり、当時の親の気持ちが身に沁みるという。

恐山。
遥か昔から、人々はこの世のものとは思えない空間で、死後の世界に思いを寄せてきた。
そして、それは今も変わらない。

コメント

タイトルとURLをコピーしました