ヒューマングルメンタリー オモウマい店「ごはん一筋60年の米仙人」

ノンフィクション




「ヒューマングルメンタリー オモウマい店」は、毎週火曜日19時から日本テレビ系列で放送するグルメバラエティである。

ちなみに「オモウマい」の意味は、“おもてなしすぎ”の“うまい店”の略称だ。
あともう一つ、“おもしろい”も含まれているのは、視聴者ならばご存知だろう。

この番組はとにかく強烈で、目を疑うようなボリューミーな量を、これまた驚愕の低価格で提供する名物店が毎週登場する。
そして、店主や従業員がみな、個性的でホスピタリティにあふれるのも特徴だ。

中でも、ごはん一筋60年、これぞ仙人という風貌の店主には、素晴らしい人生訓を与えていただいた。

“飯炊き仙人”村嶋孟

冒頭、真っ白な長い髭を蓄えた店主は、黙々とおにぎりを握っていた。
店内を見回すと、家族の洋服がハンガーにかけられ、洗濯物と一緒に並んでいる。
その雑然とした雰囲気は一見すると日本ではなく、アジアの国の飲食店を思わせた。
ところが、そこは大阪府堺市にあり、「銀シャリ屋ゲコ亭」の名で大衆食堂を営んでいる。

店主の名を村嶋孟(つとむ)という。
今年11月で93歳を迎えたが、かくしゃくとした姿は全く年齢を感じさせない。

齢90を越えてなお、アリストテレスやプラトンの哲学書を読むなど、その好奇心は衰え知らずである。
それもそのはず、「ニューズウィーク日本版」が掲載する“世界が尊敬する日本人100選”にも、イチローや羽生結弦らと共に選ばれている。

プロフィール欄には“飯炊き仙人”と紹介されていた。
さらに驚くべきことに、つい最近まで中国政府の要請により、中国各地で炊飯技術の普及に努めていたのである。




職人の矜持

使用する米は新潟県岩船産である。
といだ米は2、30分寝かせるが、その隣で妻が乾燥機を回しているのが微笑ましい。

ごはんは炊飯ジャーではなく、もちろん専用の釜で炊く。
炊き始めると、その場所から一歩も動かず、火加減・焚き加減を見守り続ける。
「赤子泣くとも釜取るな」の格言どおり、昔ながらの製法を貫く“飯炊き仙人”は、炊き立てピカピカのごはんをお櫃に移していく。
余分な水分を取り保湿するためには、お櫃に移す工程が欠かせない。
そして、冒頭であったように、熱々のごはんで塩結びを握るのである。
その贅沢なおにぎりの値段は、なんと75円!であった。

驚いたスタッフが利益の有無を尋ねると、その職人は答えた。

「ない。利益はないよ」

なおも、スタッフは利益が無くてよいのかと質問する。

すると、“飯炊き仙人”は穏やかな笑みを浮かべこう言った。

「生きてるでしょうや。原価計算して税金払って窮々としても、やらなきゃならない仕事がある…人生にはその時期が」

おそらく、松嶋孟は約60年もの間、食堂を続けられたことへの感謝の念があるのだろう。
だからこそ、利益度外視で食べに来てくれる地元民に恩返ししようとしているのではないか。
金や欲とは対極にある仙人のような相貌が、それを物語っているような気がした。

そして、松嶋は言葉を継ぐ。

「(自分は)シンプル。あらゆるものをそぎ落としてしまう。だから、(おにぎりも)塩だけよ」

食堂では、多くの客がシンプルな塩結びに舌鼓を打っていた。

そんな“飯炊き仙人”は、今も炊き方を研究し続けているという。
年齢の壁をものともせぬ探究心には頭が下がる。
彼はその理由をかく語る。

「米炊きは一発勝負。失敗は許されない」

ゆえに、炊飯を失敗したときはお代を頂かない。
その姿勢に、私は職人の矜持を見た思いがした。

そして、仙人は続ける。

「(米炊きは)自分自身との闘いや。満足してしまったら、それで終わり。うちの米だって良いとは思っていない。まだまだ、まだまだや」

高みを目指し続ける背中に、職人のあるべき姿を感じずにはいられない。

以前、ある強打者が毎シーズンのように、打撃フォームを改造していた。
当時は、成績が良いのになぜ…と不思議に思っていたものだ。
だが、そこで満足していては決して成長しない。
良くて現状維持であり、いずれ下降線をたどるだろう。
それを肌感覚で理解すればこそ、松嶋孟も試行錯誤の歩みを休めない。

そんな“米仙人”は自ら厨房を掃除する。
しかも、高齢にもかかわらず上半身裸で。
かつて、木刀を振るときも上半身裸で稽古したという。
そこには、彼の哲学が垣間見える。

「生まれたときは裸やからね。死ぬ時も裸や」

そう話す仙人の横顔は、悟りを開いた高僧のようでもあった。


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老若男女に愛される食堂

「銀シャリ屋ゲコ亭」の売りは、何といっても米である。
訪れる客のほとんどが「とにかく、ごはんが美味しい」「米をおかずに米が食える」と、異口同音に語っていた。

前述した塩結び以外に普通のごはんも売っており、盛りよい価格は150円である。
おにぎり同様、ひと口食べると、あら不思議!子どもの顔までほころんでしまうのだ。
その空間には幸せの笑顔が咲いている。

もちろん惣菜も格安で用意されており、大きめの卵焼きが200円、肉好きにはたまらない国産牛のしぐれ煮は350円で提供している。
他にもカレイの煮付けやポテトサラダ等、毎日15種類以上の手作り惣菜を置いている。

そして、この大衆食堂が地元民から愛される理由は、美味しいごはんだけではない。
店主だけでなく、妻・恵美子さんも儲けようという気が一切ない。
気前よく、ただで塩結びを配ってしまうのだ。
お客さんだけでなく、郵便配達員にもあげてしまう。

極めつけは定休日のことだっだ。
火・水の定休日を知らずに、お客さんが店に来た。
すると、恵美子さんはお詫びに塩結びを無償で差し上げた。
せっかく、ここまで足を運んでくれたのだからと。

だがよく考えると、おにぎりを用意していたということは、仙人が米を炊き握ったということだ。
つまり、夫婦揃って“超”が付くほどのお人好しなのである。
人の心が荒れ果てた時代に反し、その食堂は日溜りのようだった。

素晴らしき夫婦愛

仙人と恵美子さんの夫婦仲はとても睦まじい。
誕生日にディレクターからプレゼントされた膝掛けを、夫は妻に優しくかけてやる。

かと思えば、夫は毎日、86歳の妻にマッサージをしてあげた。
立ち仕事が多い恵美子さんへの労りの気持ちがあればこそ、90代の体をおして40分間揉みほぐす。

「けっこう効いてるん、違うかな」

くつろいだ表情で、そう語る恵美子さん。

仙人は妻への想いを聞かせてくれた。

「世界中で一番素晴らしい異性だと思って結婚したんだ。今でも一緒に寝てるんや」

そして、自らのライフワークと重ね合わせた。

「おにぎりだってそう。冷めたらあかん。冷めたらならん、おにぎりも。結ぶんや…お結びって言うやん。米と米を仲良く結びつける。男と女も一緒…熱いうちに人も結ばれる」

まとめ

この番組の魅力は、実は他にもある。
それは、店主とスタッフの心の交流だ。
今回の谷口ディレクターだけでなく、片桐ディレクターをはじめとし、取材後も店主と関係を継続している。

そして、“米仙人”も25歳の谷口に目を細める。

「あなたの顔見てると楽しいわ。得な顔やな」

ついには、仙人が握った塩結びをラップで包装するなど、手伝うようになる。
まるで、師匠と弟子のようではないか。
師匠は実に楽し気で、弟子を気に入っている様子が窺えた。

「あなた、商売人の才能があるかも」

そして、本音を吐露する。

「若い者で志を継いでくれる人がいたら、ごはんの炊き方からお客さんの機微人情まで、みんな教えてやるけども…32歳までにテレビの仕事がモノにならなかったら…来たらええ」

“米仙人”松嶋孟は、相好を崩してそう言った。

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