ラブコメ漫画の金字塔「めぞん一刻」 四谷さん~作品を彩る怪人~

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1980年代、ラブコメ漫画として一時代を築いた「めぞん一刻」。
それは、優柔不断で貧乏だが心優しい主人公・五代裕作と、美しき未亡人にして一刻館管理人・音無響子が織り成すラブコメディの金字塔といえるだろう。

数々の名シーンに加え、やさしい幸福感に包まれたラストシーン。
読者の心に残る、秀逸極まりない名作に仕上がっている。

もちろん、主人公とヒロインあっての「めぞん一刻」であることは言うまでもない。
だが、本作品を盛り上げ、奥行きをもたらしているのは名脇役たちの存在だ。
恋のライバル・三鷹コーチや、一ノ瀬夫人をはじめとする一刻館の住人たち。
どの登場人物もキャラが立ち、当漫画には欠かせない個性豊かなバイプレイヤーである。

中でも、私が最も好きな人物が、一刻館4号室に居を構える四谷さんである。
神出鬼没にして謎に満ちた怪人・四谷さんは、私見を申すならば、全漫画中最もユニークな存在だ。
だが、同時に最も隣人にしたくない人物でもあるのだが…。

マンガ史に残る「奇人・変人・怪人」四谷さん

1. プロフィール

四谷さんについて分かっていることは、性別は男性、名字が「四谷」ということぐらいである。
下の名前はおろか職業不明、年齢不詳。
だが、年末年始はどこか故郷らしき場所に帰っていく。
外出するときはスーツ姿でネクタイを締め、トレンチコートを羽織りソフト帽も被っている。
そして、その傍らには何が入っているかは不明だが、アタッシュケースを携えているのがデフォルトだ。

一刻館にいるときは一転して古き良き日本人を体現し、和服姿でくつろいでいる。
とはいえ油断していると、縦笛を吹きながら虚無僧の恰好で徘徊しているので、ゆめゆめご用心を…。

ちなみに、趣味は“のぞき・たかり”と、クズ人間を絵に描いたような人物像である。
五代君を弟のように…ではなく玩具として可愛がり、とにかく人が困っている姿を見るのが3度の飯よりも大好物といった有様だ。

だが、なぜか不思議と憎めない。
というより、本作のコメディ部門において「オスカー」を受賞するのは、間違いなく四谷さんだろう。
シュールで不思議な存在感を放つ、ダンディズム漂う大人の男?…それが、四谷さんなのである。




2. エピソード

五代裕作は浪人時代、一刻館にやって来た。
初手から人生の選択を誤る主人公…。

そして、挨拶もそこそこに、ドッカーン!と隣人がいきなり丸太で壁をぶち抜いた。
土煙とともに、壁の穴からニュッと現れた人物。
それが、“ヘビおじさん”こと四谷さんだった。
しかも、その後穴を塞いでも、「お・ま・た・せ」のフレーズと共に貫通式を繰り広げる4号室の主。
いつも壁の穴から出入りしているため、四谷さんがドアを開けて五代君の部屋に入るシーンは、ほとんど記憶にない。

ある晩、五代君は外出先で、いつになく真剣な表情の四谷さんを見かけた。
暗闇の中、ジッと何かを凝視している。
目線の先を追うと、どうやら公園の茂みのようである。
すると、四谷さんは深いため息とともに、感慨深け気に呟いた。

「ふぅ~…堪能いたしました…」

よく見ると、そこはカップルの名所であり、濃密なラブシーンが繰り広げられていた。
つまり、四谷さんは息を潜め、ライフワークである“のぞき”に勤しんでいたのである。
あきれ返る五代君をよそに、足取り軽く帰宅する四谷さんであった。

そんな四谷さんは、たかりの常習犯である。
飲食店で知り合いを見つけると、あまりにも自然に近づいて来て、食事を共にする。
そして、食後の世間話をひとしきりすると、「じゃ!そういうことで」と風のように去って行く。
気が付くと、四谷さんの伝票はテーブルに置かれている。
以上、氏直伝の「無銭飲食入門」のあらましである。

数々の伝説を残す四谷さんの足跡の中で、最も印象深いエピソードは、ある朝突然やって来た。
老朽化が進む一刻館の補修をすべく、職人が作業を進めている。

いつものように和服に身を包む四谷さんは、寝間着姿の五代君と何やら話していた。
どうやら穴の開いた壁の向こうに、四谷さんが聞き耳を立てていた時の話のようだ。

「深夜、管理さんの名を呼びながら、何をしておるのだろう…悩んでしまうな~」

腕組みしながら思案気に話す四谷さんに、怒りを露わにする五代君。

「俺の部屋で、何をしようが勝手だろ!」

相手の顔に人差し指を向ける、お得意のポーズを取りながら脅迫する四谷さん。

「管理人さんに言ってやろう~」

「言えばいいだろう!そうそう脅しにのってられますか」

ふたりのやり取りを見物する職人たちに、一ノ瀬夫人が「あんたら、ここは寄席じゃないんだよ」と注意する。
その言葉に、一服しながら「寄席よりおもしれーや」と返す職人たち。

そんな中、不敵に笑う四谷さん。

「フフフ…君は私という人間を甘く見とりますなぁ~」

そして、腹の底から大声でシャウトした!

「五代君は~~…管理さんをオナペ〇トにしている~!!」

朝から響き渡る放送禁止コード。

「そ、外まで聞こえるもんか…」

狼狽しながらも五代君は強がるが、実はその時、階段の下で管理さんは聞いていた。

「どうしました?五代君…」

四谷さんが尋ねると同時に、管理さんは階段を上がって来た。

「五代さん…(壁の穴を塞ぐため)左官屋さんを頼みますから、部屋を整理しておいてください」

すると、四谷さんが管理さんのもとに、にじり寄って来る。

「管理人さ~ん!」

「5号室の壁の修理、以前からやろうと思ってたんです」

四谷さんは、またもや指を差しながら持論を展開する。

「問題のすり替えだ!今話し合うべきことは…オナぺッ…」

「壁を埋めれば、妙な声で悩むこともないでしょ!!」

取り付く島もない管理さん。

この一連の騒動で最もダメージを被ったのは…例のごとく五代君であった。




3. 意外な姿

いついかなるときも全くブレることなく、変人道を突き進む四谷さん。
三鷹コーチにピカピカの高級車に乗せてもらった時でも、「いい車ですなぁ~。中古ですか?」と名刺代わりにジャブを打つ。

だが、物語の終盤、意外な姿を我々は目撃する。

ようやく、五代君と管理さんは結ばれたが、住人たちには隠していた。
悪ふざけが過ぎる彼らには、絶対に知られたくない事実だからである。
ところが、ひょんなことからバレてしまう。
焦るふたり。

ところが、最難関と思われた四谷さんが、思いもよらぬ言葉を投げかける。

「良かったじゃないですか」

なんと!あの四谷さんが他の住人たちとともに、祝福のメッセージを送っているではないか!
私はその瞬間、惑星直列が起こるかと思ったほどだ。

そして、物語のエンディング。
出産のため入院していた管理さんが、退院してきたシーンである。

四谷さんは一刻館の住人たちと一緒に、玄関前で待っていた。
立ち話をしていると、そこに管理さんが帰って来る。
娘の春香ちゃんを抱いている管理さんと五代君は本当に幸せそうだ。

最後の最後に四谷節の炸裂かと思いきや、静かに親子3人を見つめている。
その眼差しのなんと優しく温かいことか…。

ラストシーン。
飛びっきりの笑顔で、我が子に話しかける管理さん。

「春香ちゃん、おうちに帰って来たのよ。ここはね…パパとママが初めて会った場所なの…」

管理さんの台詞は実に感動的で、ハッピーエンドの見本のような大団円である。
だが、四谷ファンの私には、大先生の佇まいもまた心に残った。

空気を読めない、いや敢えて読まない奇人変人・四谷さん。

「四谷さん、あんたやっぱり…やる気になれば、ちゃんと出来るじゃないの」

四谷さんの姿に、そんなことを思う最終回だった。


めぞん一刻〔新装版〕(7) (ビッグコミックス)

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