「不浄を拭うひと」レビュー② ~特殊清掃を通じて見えた人々の営み~

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特殊清掃。
それは世間から忌み嫌われ、ときに心無い言葉を浴びせられる、まるで世の中の不浄と不条理を一手に担う仕事である。

不条理といえば、ある日突然、何の前触れもなく亡くなってしまうケースも当てはまるだろう。
だが、そうしたことは特殊清掃の世界では日常的に起こっている。

そんな毎日の中で、本作の主人公・山田正人を救った言葉とは…。




救われた先輩の言葉

山田正人が特殊清掃の仕事を始めて間もない頃、長井という先輩とペアを組んでいた。
普通に生活していては、とても目にすることなどない凄惨な光景の連続に、山田は心身ともに疲弊する毎日を送る。

そんなある日、60代の女性が亡くなった現場に、長井と共に向かった。
死後4ヵ月が経過してからの発見だったという。
その女性は就寝したまま亡くなったこともあり、布団の周辺は汚染さていたが、それ以外の場所は人が暮らしていても不思議でないほど整頓されていた。

業務自体は滞りなく終了したが、いつにもまして山田の気持ちは沈んでしまう。
長井は山田の暗い表情を見逃さず、「どうした?」と声をかける。
「なんか…気の毒だなって…ひとりぼっちで、あんなふうに亡くなるなんて…」
下を向く山田は答えた。

そんな山田に、長井はいつもと変わらぬ口調で言う。
「気に病むことはないよ。孤独死する人は、誰も自分が孤独死するなんて思ってないんだから」

「はい?」
驚きを隠せない山田に、長井は語りかける。
「さっきの部屋だって、お皿が軽く洗ってあり、生ゴミも三角コーナーに捨ててあったでしょ?つまり、後でちゃんと片づけるつもりだったんだよ。きっと、そうやって何年も生きてきたんだろうね。だけど、具合が悪くなって少し横になろうと思って布団に入ったら、来るはずの日常が来なかっただけ」

長井は続ける。
「みんな明日は来るもんだと思って生きているんだ。たしかに、最期は見るに堪えない姿だったけど、俺たちが思うほど悲惨な生活を送っていたわけじゃない。そう思うと、亡くなった人たちも『ひとりの人間として人生を全うした』と思わないかい?」

山田は後述する。
「何年たっても、長井さんのあの言葉を忘れたことはありません。あの言葉でやる気が出たんです。ここまでこれたのも、長井さんのおかげです」

まだ、特殊清掃の駆け出しだった山田を救った長井の金言。
その道を長く歩み、様々な経験を積んだものにしか口にできない言葉である。

人は目の前の事象、それもインパクトが大きければ大きいほど、ついそのことだけに囚われてしまう。
しかし、部屋の様子をつぶさに観察すると、作中に登場する60代の女性も彼女なりの人生を歩んでいたことが窺える。

長井の鋭い洞察力に感嘆するとともに、特殊清掃に向き合う中で培われた、ものの考え方や解釈は目からウロコが落ちる思いがした。
特殊清掃の話を耳にするたび、ややもすると、救われない気持ちになる。
だが、それは故人への冒涜にも感じる。
その人の人生を何も知らない者が最期の結末だけを見て、勝手に悲惨な人生だと決めつけるのは傲慢だからだ。
そもそも、自分が同じ立場だったら、経緯を何も知らない縁もゆかりもない人間に、勝手な推測で同情などしてもらいたいだろうか。

「その人が、ひとりの人間として人生を生き、全うした」
そう語る長井の言葉がやさしく心に響くのは、私だけだろうか。


不浄を拭うひと (3) (comicタント)

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