「BARレモン・ハート」~酒と粋が織り成す人間模様~④『少年時代の酒』Ⅱ

ドラマ




ストーリー

少年時代の酒 part2

その日、BARレモン・ハートにはいつものように松ちゃんがいた。
今日は、常連客のメガネさんも指定席に陣取り、これまたいつものように競馬新聞を読んでいる。

そこに、再び野口がやって来た。
その傍らには、やはりというべきか“心の友”内田がいる。

カウンターに座るなり、野口が切り出した。
「今日は飲んでもらいたい酒があるんだ。マスター、内田の酒をください」
「かしこまりました」

「俺の酒?」
怪訝そうな内田に出された酒は、もちろんブッシュミルズシングルモルトだ。

野口に勧められるままに、飲んでみる内田。
「おぉ~…ストレートは苦手なんだが、これはうまいなぁ」
例のごとく、内田は穏やかな笑みを浮かべている。

「だろ?」
野口も嬉しそうである。

すると、内田は遠い記憶に思いを馳せながら語り出す。
「そういえば、あれは小学校の頃だったかなぁ~。桑の実が食べたくてな。あれは美味かったぁ…」
思わず、野口とマスターは顔を見合わせた。
そして、松ちゃんも…。

その後も、珍しく内田は饒舌に語り続ける。

そんな内田に「お前から子ども頃の話を聞くなんて初めでだな。お前にもそんな少年時代があったんだな」と野口は冷やかした。
「当たり前だろ」

そんなやり取りに笑顔が弾ける野口は「やっぱりだ!やっぱりだったね!!マスター!ありがとう」
頷くマスターも相好を崩している。

「何の話だ!?」
ポカン顔の内田。

マスターが説明する。
「このブッシュミルズシングルモルトを飲まれたお客さんは必ず少年時代のお話をするという、不思議なお酒なんです」
「そうだったんですか。たしかにこれを飲むと、麦の香りがふわぁ~っとして、なにか不思議と懐かしい気持ちになりましたよ」

そう語る内田に野口は、「たしかにそうだ。まるで、これの中に心のオアシスが隠れているようだ。だから、俺は内田の酒って言ったんだ」
「どう意味だ」
「それは内田、お前がいつも変わらず心のオアシスを持ち続けているからだよ。内田…これからも一緒に飲んでくれ」

友の言葉をえもいわれぬ表情で聴く、内田は言った。
「なにを言う…誘ってくれるのはお前だけなんだ」
「だったら、お前からも誘えよ!」
「だって、いつも忙しそうにしているじゃないか」
「そう見えるだけだよ」
顔を見合わせ、思わず笑い出すふたり。

その様子を黙ってみていたメガネさんが、松ちゃんに小声でささやいた。
「あの人たち、変わってるな。どういう関係なんだ?」
「というと?」
「ここに来てから、ずっとしゃべりっぱなしだ。いい年して、あんな関係を築けるなんて珍しい」

メガネさんの言葉を口元を緩めながら聞いていた松ちゃんも、「本当、そうだよね~」と同意する。

「だけど内田。同じ酒を一緒に飲むなんてさ、初めてだぞ」
「本当だなぁ。こういうのもいいもんだな」

和やかな時間に包まれて、お互いのグラスを合わせる“心の友”だった。



所感

マスターとの約束を守り、野口は内田と連れだってBARレモン・ハートを再訪する。

そして、早速、本題である“内田の酒”を本人に飲ませた。
すると、あの寡黙な内田が、少年時代の思い出を語り始めるではないか!
前回の酒席に居合わせた野口、マスター、松ちゃんの3人が揃って「やっぱり!」とにんまりするシーンに、こちらの頬も緩んでしまう。

“内田の酒”を潤滑油として、途切れることのないふたりの話。
そこには、全く会話がなかった前回と同じふたりとは思えぬ姿があった。

そんな中、野口はこれまで胸に秘めてきた想いを内田に語る。
自分にとって内田はこの酒と同様、心のオアシスなのだと。

そのシーンに、私は心の中があたたかくなった。
と同時に、壮年の男性がここまで包み隠さず、友への本心を吐露することに驚いた。
年をとればとるほど、特に男性は相手への気持ちを言葉にするのが難しくなるからだ。
野口の素直な心に感心する。

だが、それ以上に、私は内田という人物に深い感銘を受けた。
内田の悠揚迫らぬ物腰と、あたたかい木のぬくもりを感じさせる人柄があればこそ、野口は素直に気持ちを打ち明けられたのではないか。
これこそが、素朴でどこか懐かしい古き良き日本の心を感じさせる、内田という人物の魅力なのだろう。

そして、野口だけでなく、内田も野口と酒を酌み交わすことに幸せを感じている様子が、我々を優しい世界に誘ってくれるのだ。
お互いがお互いを必要とする“心の友”。

だが、やはりこの物語はマスターあってこそだと感じ入った。
ふたりがここまで楽し気に語らえるのは、ブッシュミルズシングルモルトという“少年時代の酒”を提供したマスターがいたからだ。
そのふたりの様子を優しく見守る眼差しに、人となりが表れている。
その表情は、まるで菩薩のような慈しみさえ感じさせる。
もしかすると、マスター冥利に尽きると感慨に浸っていたのだろうか。
ふと、そんなことを思った。

そして、この作品が本当に素晴らしいのは、きちんと落ちまで用意しているからだ。
前回の松ちゃんと同じく「あの人たち、変わってるな」と切り出すメガネさん。
だが、その内容は真逆で、話が弾む様子に驚いているのだ。

この前の様子を是非ともメガネさんに見せたくなるのは、私だけではないはずだ。
松ちゃんがその様子を、おかしそうに聞いているのもユーモラスである。

心に沁みる話をメインに据え、さりとてユーモアも織り交ぜながらクスリとさせる。

懐かしい子どもの頃を思い出したら、本作品『少年時代の酒』を覗いてみてはいかがだろう。

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