『PLUTO』哀しくも儚いロボットたち③ ~ある巡査ロボットの妻の章~

マンガ・アニメ




Netflixで配信され、話題沸騰中の『PLUTO』。
巨匠・浦沢直樹が『鉄腕アトム』で好評を博した「地上最大のロボット」に感銘を受け、オマージュとしてリメイクした作品である。

アトムやゲジヒトら世界最高水準の高性能ロボットが繰り広げる哀しくも儚い物語。
個人的には、特にノース2号とエプシロンのストーリーに胸を打たれた。

そして、もうひとつ地味ながら印象に残るシーンがある。
それは1巻の序盤で殉職した、巡査ロボットPRC1332型ロビーの妻のエピソードだ。

ある妻の哀しみ

巡査ロボット・ロビーの妻は、ゲジヒトが夫の死を告げに来たシーンに登場する。
エプシロンやゲジヒトら高性能ロボットは人間にしか見えない容姿だが、彼女はいかにも旧式ロボットという見た目である。

ゲジヒトの訪問を受けた彼女は夫の悲報を告げられる。
呆然とする彼女だが、旧式ロボットゆえに表情は変わらない。
ゲジヒトにお茶をすすめ、彼女は語り出す。

「私、ある家のメイドをやっています。そこの男の子が…もちろん、人間の男の子よ。その子が生まれる前から家には犬がいたの。もう兄弟みたいに育って…」

そして、真剣に聞きいるゲジヒトに言葉を継ぐ。

「その犬が死んだんです。男の子は毎日泣いて泣いて…私もずいぶん慰めたんですけど…今やっと、その男の子の気持ちが…分かりました…」

彼女の深い悲しみが伝わり、ゲジヒトは提案する。

「記憶を…データの一部を消去しましょうか?」

すると、彼女は少し間をおいて、変わらぬ表情でこう言った。

「あの人の思い出…消さないで…」

夫が二度と戻らぬ家のキッチンで、ふたりはしばし立ち尽くした。


PLUTO デジタルVer.1 (本ストーリー収録巻)

所感

巡査ロボットの妻のエピソードは、もしかすると多くの読者には記憶に薄い話かもしれない。
物語の序盤、ほんの少しだけ登場するストーリーだからである。

しかし、数多の名場面が展開する『PLUTO』にあって、私には彼女の姿が忘れられない。
なせならば、旧式ロボットゆえに表情が変わらないにもかかわらず、彼女の哀しみが痛切に伝わってきたからだ。

滂沱の涙を流すわけでもなく、大声でわめくわけでもなく、静かな抑揚で語り始めるロビーの妻。
それを静かに、そして真摯に聞き入るゲジヒト。
決して饒舌とはいえない彼女だが、我々読者も思わず引き込まれていく。
そのシーンは“死”という最も厳かな瞬間の訪れを、巧みに表現されているからだろう。

「今やっと、その男の子の気持ちが…分かりました…」と言いながら、立ち尽くすロビーの妻。
そして、最後の「あの人の思い出…消さないで…」という言葉が切ない…。

それにしても思うのは、浦沢直樹の匠の技である。
ロビーの妻とゲジヒトのやり取りには、全く大仰な描写はない。
登場人物が慟哭し、大粒の涙を流せば、基本的に悲劇性の説得力は増幅されるだろう。
だが、あえて浦沢直樹はそんなありきたりの演出は用いずに、あくまでも「静」の佇まいを表現することにより、哀しみを描き切ったのである。




思わぬ再会

あまりにもやりきれない、巡査ロボットPRC1332型ロビーの妻の物語。
しかし、個人的に嬉しい再会が待っていた。

それから少しして、浦沢直樹は家政婦として働く彼女をさり気なく再登場させてくれたのだ。
旧式ロボットの彼女はぎこちない動きしかできないため、スムーズに給仕を行えない。
そのため、勤め先の人間の子どもに罵られるのだが、その度に「申し訳ありません」と平身低頭で謝罪する。

夫を亡くした心の痛みを胸に秘め、懸命に働く彼女の姿がいじらしくも悲哀を感じさせる。
それがまた、何ともいえない気持ちにさせるのだ。

だが、ほんのチョイ役として登場した彼女と再会を果たせ、私は心から浦沢直樹に感謝した。

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