「進撃の巨人」のヒロインといえば、誰を想起するだろう。
ヒストリア・レイス(クリスタ)や、中にはアニ・レオンハートを推す人もいるかもしれない。
しかし、個人的にはミカサ・アッカーマン1択だ。
エレンに助けられた日から常に傍らに寄り添い、エレンのために生きた少女。
そんなミカサの愛の物語をここに記す。
ミカサ・アッカーマン
リヴァイと同じアッカーマンの名を持つミカサ。
だが、ふたりは物語が始まったばかりの頃、最悪の関係だった。
巨人化したことにより死刑寸前のエレンを憲兵団から守るためとはいえ、ボコボコにしたリヴァイにミカサは強烈な敵意を抱く。
「あのチビは調子に乗りすぎた…いつか私が然るべき報いを…」
いくらエレン命のミカサとはいえ、上官かつ人類最強の男にこの台詞は恐れ入る。
では、なぜミカサはエレンをこれほどまでに慕っているのだろうか。
それはミカサの幼少期に遡る。
ミカサは両親と慎ましくも幸せに暮らしていた。
だが、暴漢の襲撃により両親を殺害され、今まさに絶体絶命のピンチを迎えた時だった。
エレンが窮地に駆け付け、一瞬の間隙を縫って暴漢たちを仕留めたのだ。
とはいえ、両親を惨殺され天涯孤独の身となった少女は生きる気力を失い、寒さと絶望に震えていた。
そんなミカサに優しく自分のマフラーを巻いてやるエレン。
その日から、ミカサにとって生きる目的はエレンとなり、世界中の誰よりも彼を愛し続けた。
あれは、ライナーとベルトルトの正体がそれぞれ“鎧の巨人”と“超大型巨人”だと判明したときだった。
激しい戦闘の末、エレンがふたりに連れ去られてしまう。
意識を失い追跡できなかったミカサは洩らした。
「ねぇ…アルミン…何でエレンはいつも…私達から遠くに行くんだろう」
そして、寂し気に呟いた。
「私はただ…そばにいるだけでいいのに…」
涙ぐむミカサの乙女心がやるせない。
そんなミカサを励ましたのが、駐屯兵団に所属するハンネスだ。
エレン・ミカサ・アルミンの3人組がまだ幼い頃からの知り合いで、普段は飲んだくれの中年男である。
だが、彼は有事の際には頼れる大人であり、ウォール・マリアが巨人に襲撃されたとき、エレン達の命を救ったのがハンネスだった。
ハンネスは落ち込むミカサらに声をかける。
「なぁ、お前ら腹減っただろ?ほら食え。まぁ、いつもの野戦糧食しかねぇが…」
手を付けないふたりに、ハンネスはボリボリと食糧にかぶり付きながら言った。
「まぁ…いつものことじゃねえか。あのワルガキの起こす面倒の世話をするのは…昔っからお前らの役目だろ?腐れ縁ってやつだよ。まったく…お前らは時代や状況は変わってるのに、やってることはガキンチョのままだぜ」
「街のガキ大将と巨人では背丈が違いすぎる」
苦笑いを浮かべるアルミンに、ハンネスは真摯に語りかける。
「まぁ…でもあのバカは喧嘩が強いわけでもねえのに、相手が何人だろうとお構いなしに突っ込んでったよな。そんでミカサ達が止める頃にはボロボロだ。ただな…勝つところは見たことねえが、負けて降参するところも見なかった。あいつは何度倒されても起き上がる。そんなやつがだ…ただ大人しく連れ去られれて行くだけだと思うか?いいや、力の限り暴れまくるはずだ!ましてや敵はたったの二人だ。相手が誰だろうと手こずらせる。俺やお前らが来るまでな!」
絶望に暮れていたミカサとアルミンの瞳に光が宿る。
「俺はあの日常が好きだ。エレンに言わせりゃ、そんなものはまやかしの平和だったのかもしれんが…やっぱり俺は飲んだくれ兵士で十分だったよ。あの何でもない日常を取り戻すためだったら…俺は何でもする!どんだけ時間がかかってもな…。俺も行くぞ!お前ら3人が揃ってねぇと俺の日常は戻らねぇからな!」
ハンネスの言葉に兵士の顔を取り戻すミカサとアルミン。
そして、しかるべき戦いに備え、食糧を貪り始めるのだった。
暗い表情の子どもたちを勇気付けるハンネス。
ミカサやアルミンの成長を見守り続け、今や親代わりとなった彼ならではの優しさが胸を打つ。
“子ども大人”があふれる昨今だが、ハンネスのように大人がきっちりと大人の役割を果たす姿が頼もしい。
『進撃の巨人』はバイプレーヤーにも、こうした得難い人物が登場することが名作といわれる所以だろう。
思い出のマフラー
ミカサやアルミンを筆頭に調査兵団は壁外に飛び出して、エレン奪還のためにライナー達を追いかけた。
「止まるな!絶対に取り返すぞ!!エレンは…俺の命に代えても…」
もちろん、そう誓うハンネスも。
エルヴィン団長が巨人の襲撃で右腕を失う中、ミカサ達はライナーに追い付いた。
そして多くの犠牲の末、エレン救出に成功する。
ところが、ライナーの反撃によりミカサとエレンは馬から放り出されてしまう。
そこに、折悪く巨人がやって来た。
運命のいたずらか、その巨人はエレンの母親を手に掛けた因縁の相手だった。
巨大な手がふたりを襲った刹那、ひとりの兵士が指を斬り落とす。
そう!ハンネスだ!
ハンネスにとってもこの巨人は、旧知の仲だったエレンの母の仇である。
「見てろよ!お前らの母ちゃんの仇を俺がぶっ殺すところを!!」
ひとり、巨人に向かっていくハンネス。
ミカサとエレンも加勢しようとするが、酷い怪我を負っており思うに任せない。
そして、とうとうハンネスは巨人の餌食となってしまう。
このシーンはとても印象深い。
“超大型巨人”にウォール・マリアの壁を破壊されたあの日。
エレンの母を助けられなかった悔恨を、ハンネスが忘れた日は無かったに違いない。
エレンとミカサを救うため、命を賭して巨人に立ち向かう。
巨人に捕まり下半身を貪り食われながらも、エレン達を心配そうに見つめている。
恐怖と激痛に苛まれながらも、己のことよりも“子ども達”への思いが滲むハンネスの親心。
血は繋がっていなくとも、ハンネスもまたエレンとミカサの“真の親”だった。
ハンネスの非業の死を前にして、エレンは自らの無力さを嘆き慟哭する。
そんな最愛の彼にミカサは優しく微笑みかけた。
「エレン…そんなことないよ。エレン聞いて!伝えたいことがある。私と…一緒にいてくれてありがとう。私に…生き方を教えてくれてありがとう。私に…マフラーを巻いてくれてありがとう」
最期のときを悟ったミカサは、ありったけの気持ちを込めて感謝する。
迫りくる巨人の脅威にも、恐れず怯えず只ひたすらに想いを伝えるミカサの佇まい。
そんな彼女の姿を見ると、直前のハンネスの勇姿と相まって涙が止まらない。
ミカサは生きるときも死ぬときも、エレンと共にあれば幸せなのだろう。
ある意味、究極の愛の形ではなかろうか。
結局、一時的に“座標の力”を手に入れたエレンの活躍で、ミカサのみならず調査兵団も九死に一生を得ることができた。
自らの手で
『進撃の巨人』という作品には数え切れない程の死が訪れ、その数だけ悲しい別れが存在する。
だが、エレンの暴走を止めるためミカサが最愛の人を討ち取る場面ほど、哀しみに満ちたシーンはないだろう。
エレンは様々な葛藤を抱えながらも調査兵団の仲間と訣別し、故郷パラディ島以外の人類を殲滅すべく、巨人を操り“地鳴らし”を決行する。
その非人道的な暴挙に狼狽し、対策に苦慮するかつての仲間たち。
中でも、最も苦しんだのがミカサだろう。
いくら自分達や故郷を守るためとはいえ、エレンに虐殺などさせたくない。
こうしてミカサは調査兵団のみならず、以前は敵として戦ったマーレ兵と共に立ち上がる。
“女型の巨人”アニは訊く。
「それであんた達に殺せるの?エレンを?」
「エレンを止める方法は殺すだけじゃない!」
ミカサは間髪入れず言い返す。
このように最後の最後までエレンを殺さず、“地鳴らし”を止めたいと願っていたのが他ならぬミカサだった。
そんなミカサに決断の刻が差し迫る。
マガトやシャーデス、そしてハンジらが命を投げうってまで阻止しようとした大虐殺。
彼らの崇高な精神とあまりにも大きな犠牲、何よりも目の前で繰り広げられる絶望的な状況にミカサはついにエレンを討つ覚悟を決める。
誰かがやらねばならぬなら、手を下すのは自分だと。
思い出のマフラーを再び巻いたミカサは悪夢に終止符を打つべく、仲間の援護のもとエレンに立ち向かう。
そして、エレンの首を斬り落とした…。
こうして人類の8割を葬った未曾有の惨劇は幕を閉じた。
ミカサは最愛の人の亡骸を抱えながら、アルミンのもとに向かう。
アルミンもまた、変わり果てた姿の友を抱き締めた。
そしてエレンを弔うため、ミカサは思い出の地へと歩き出す。
そこは幼き日、エレンとアルミンの3人で過ごした小高い丘だった。
ミカサに見送られ、永遠の眠りにつくエレン。
一方で、最愛の人を手にかけなければならなかったミカサの心中は、いかばかりだっただろう。
エピローグ
「天と地の戦い」と呼ばれた日から3年が過ぎていた。
途方もない命が失われ、戦禍の傷跡が未だ癒えぬ世界。
そんな中、アルミンを筆頭にエレンを止めた戦士達は、平和の尊さを訴える役目を果たしていた。
だが、そこにミカサの姿はない。
彼女はエレンを埋葬した丘の木陰で、過ぎ去りし日々に思いを馳せていた。
「また…あなたに会いたい…」
涙するミカサ。
そして、大空を羽ばたく鳥を見つめ呟いた。
「エレン…マフラーを巻いてくれて…ありがとう」
首元には思い出のマフラーが巻かれていた。
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