「ましろのおと」~日本の文化と心を今に伝える三味線の音~

マンガ




津軽三味線。
それは独特の太棹(ふとざお)を、ときに激しく、ときに繊細に奏で、聴衆を魅了します。

一見すると、現代ではあまり馴染みがなく、地味に映る三味線の世界。
ですが、その音と三味線奏者の凛とした佇まいは、日本人の心に深い余韻を残すのです。

そんな津軽三味線を題材にした漫画が、累計発行部数450万を突破した「ましろのおと」です。
16歳の少年が奏でる音色に導かれ、津軽三味線の世界を少しだけ覗いてみませんか。

ストーリー

澤村雪(せつ)は口下手で、どこか孤高の雰囲気を持つ高校生。
だが、彼が弾く津軽三味線の音色は聴く者の心を捉えて離さない、不思議な魅力を秘めている。
それは、三味線の名人と呼ばれた祖父・松吾郎の影響によるものだった。

師であり、育ての親でもあった松吾郎の死をきっかけに、音を見失った雪。
故郷を離れ、東京に家出同然で飛び出した。

右も左も分からず東京砂漠を彷徨っていたとき、手を差し伸べてくれたグラビアアイドルを目指すユナ。
母・梅子に強引に入学させられた高校で知り合う、三味線愛好会のメンバー。
若くして将来を嘱望される、三味線奏者の俊英たち。
そして、腕を磨くため、飛び込んだ民謡居酒屋「竹の華」の先輩方。

こうした人々との出会いをとおし、雪は自らの音を紡ぎだしていくのであった。


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祖父の音から自分の音へ その成長の物語

貧しき子ども時代、盲目の松吾郎は生きるために津軽三味線を弾きました。
いつしか、名人・達人の領域に踏み込んだ松吾郎ですが、決して弟子を取りません。
それどころか、誰もが頭を垂れる腕前を持ちながら、その才能を満天下に知らしめることを望まずに、世を去ったのです。

こんな祖父の姿を見て育った雪は、人と競うことに興味を示さず、祖父の音を体得することのみを目指していました。
なので、一切大会の類には出場しませんでした。
そんな雪が東京に出たことが契機となり、「あの人に勝ちたい!人に聴いてもらいたい!」と内面に変化の兆しが表れます。

私は作中で、とても印象に残るシーンがあります。
若き天才・神木清流が、「竹の華」の先輩・大河に尋ねました。
以前とは異なる雪の音色を聴き、誰に教わっているのか疑問に思ったのです。

「今までの出会いから…だろう」

そう答えた大河の言葉こそが、雪の成長の全てを物語っています。
ある者は名門で育ち、己の情熱を津軽三味線の調べに乗せていきます。
また、ある者は恵まれない幼少期に三味線と出会い、己の存在意義と居場所を手にするため、血の滲むような修練を重ねます。
そして、それぞれの人生経験が演奏に反映され、曲に生命が吹き込まれていくのです。

かつて、雪は祖父の音に近づくため只々弾いていました。
ですが、仲間や同僚、そしてライバルたちと切磋琢磨するうちに、人に聴かせる音色に変容を遂げたのです。
その音はゆらゆらと心地よく、自然界に存在するゆらぎを感じさせます。
その様は、めぐり逢い心通わせた人々と自らを育んだ風景が、三味線の深奥に息づいているかのようです。
何よりも永遠にして唯一の師、祖父・松吾郎との思い出が才能を煌めかせ、三味線と向き合う意味と喜びを雪の心にもたらします。

演奏中、雪は心の中で叫びます。

「この音を届けたい!どうかこの音が届きますように…」

観客を穏やかで優しい空気が包み込み、まるで唄っているかのような津軽三味線の調べ。
そして、会場を脈打ちながら、聴く者全ての心を鷲掴みにしていきます。
ライバルたちでさえ思わず拍手を送る、魂を解放した音と想いが届いた瞬間でした。

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日本人の魂に語りかける 「三味線奏者」高橋祐

私は本作を読み進めるうち、どうしても実際に三味線の音を聴きたい衝動に駆られます。
動画ではありますが、女性の部で日本一に輝いた奏者をはじめ、多くの才能の輝きを堪能しました。

三味線初心者ということもあり、じっくり腰を据えて独奏を聴くのは初めての経験です。
どれもが、流れるような正確な指使いに加え、強弱をつけた音色は素晴らしいの一言しか見当たりません。

そんな中、ひとりの三味線捌きが目に留まります。
それは、高橋祐という人物がイタリア公演の際に奏でたものでした。

黒の紋付袴に身を包み、頭を剃り上げ目を閉じながら弾く様は、まさに古の三味線奏者といった趣を感じさせます。
背筋を伸ばし、一切姿勢を崩すことなく弾き続ける姿から目を離すことができません。
高い徳を感じさせる佇まいは、国宝級の僧侶像もしくは悟りを開いた高僧そのものにも見えます。

その音は魂に語りかけてくるようでした。
それまで聴いていた演奏との違いを、素人の私が説明することは出来ません。
もしかすると、その相貌や所作も手伝って、ひときわ格調高く聴こえたのかもしれません。

ですが、理由は何にせよ、私にとって高橋祐師の演奏が圧倒的だったことだけは事実です。
日本人として生まれた幸運、そして誇りを改めて感じた7分間でした。

もしよかったら、視聴してみてください。

URL https://www.youtube.com/watch?v=y18geQEg9pM

まとめ

荒波が波打ち際を叩く津軽海峡冬景色。。
そして、厳しい風雪にさらされる酷寒の地で、貧しさの中から生まれた津軽三味線。
その音はまこと力強く、人の魂を揺さぶるのはある意味当然なのかもしれません。

作中で雪が呟いた言葉が甦ります。

「なぜ、音は言葉にするのが難しいんだろう…」

真理だと思います。
なぜならば、“音楽は言葉を超える”からです。
口下手な雪が言語化できないからこそ、そこに“音”の価値があるのではないでしょうか。

もう一つ、雪が大事にしていることがあります。
それは、「音を築いた先人達の凄さと敬いを忘れない」という思いです。
盲目の人々が苦しい生活の中でつくりあげた三味線文化。
それを継承し育んできた歴史があればこそ、今自分が津軽三味線とともに生きられていることを理解しているのです。

バイオリンやピアノなど洋楽器も音楽には欠かせないものであり、美しい旋律が我々の心に響きます。
ですが、日本の伝統文化を今に伝える和楽器も、とても素晴らしい世界観を奏でます。

我々は縁あって日本に生まれてきました。
ならば、祖国のことをもっと知り、日本人に宿る感性を大切にしてみては如何でしょう。

津軽三味線の魅力満載のヒューマンストーリー。
そんな「ましろのおと」を手に取れば、今日も雪の音色が聴こえます。


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